連れあいの職場周辺を大きな野良犬がうろついているらしい。会社にくるお客様に万一のことがあってはと、連れあいほか有志数名で捕獲にのりだした。
しかしながら相手は獣。あちらにいたかと思えばこちら。自動車で追いかけていたつもりが、なぜか当の相手とすれ違ったりして結果は芳しくなかった。
暗くなるまで埒のあかない追いかけっこ。疲れきって帰ってきた。
「まだその段階まで行っていないけど、いざ押さえつけようとしたときに噛まれたら怖い。痛いだけならまだしも、狂犬病の危険性だってある。気休めだけどなるべく厚手の服で相手をしようと思う」
そう言って次の朝、スキーウェアと中綿入りの手袋を持って出かけていった。本当に気休めでしかないが、作業着のみよりはましだろう。
その日の夜、帰ってきた連れあいの指には、ぺろりと一枚絆創膏が巻かれていた。
それは例の犬ための傷?
「うん。そう」
それはお疲れさま。でもそれくらいの傷で捕まえられてよかった。名誉の負傷だね。
「いや、まだ捕獲できていないんだ」
そうか。では取り押さえようとして逃げられたのか。
「ううん。今日はその犬に会ってもいない」
ではその絆創膏は何?
獣を人間が捕まえるのなら、体より頭を使わねばならぬ。そう考えた連れあいたちは、然るべき許可をとって罠をしかけることにした。
罠には餌がいる。連れあいはドッグフードの缶詰を開け、罠の中心に中身をおく。
そのときに、缶のふちで指をちょっと切ってしまったそうだ。
名誉の負傷どころか、ただのおっちょこちょいだった。
なんという情けない。しなくてもいいところでしなくてもいい怪我を。
ちなみにわたしの手には何時こしらえたかわからない傷がたくさんあるが、いつ怪我したかわからないということは、無意識のうちに車にひかれそうな猫を助 けたときにできた傷とか、ぼんやりしているときに役場にしかけられた爆弾を解除したときに電子部品で切った傷である可能性もあるので、これはいいのだ。本 人はまったく覚えていなくても名誉の負傷かもしれないのだから。
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