ポケットのたくさんある鞄が好きだ。「仕切りがないので、何でも放り込めて便利」というブラックホール型鞄は、よほど気に入らないと使わない。
今一番使用頻度が高い鞄は、前に2つ、後ろに2つ、側面に1つ、中に2つのポケットがあり、ついでに前面にペン挿しまでついている。そして見えるところ についているポケットも、あまり主張してしない。理想的である。「ポケットゲットだぜ!何でも入れろやオラア!」ではなく、あら、ここも物が入れられるの ね、というさりげなさがいいのだ。
鞄を前に、このポケットにはiPod、ここは切符、暇つぶしの雑誌はここにいれて…と想像する。
ポケットへの憧れはそのポケットを使う状況への憧れにほかならない。
そう。想像ではたしかにポケットには夢がつまっているのだが。
現実は多すぎるポケットを使い切れず、結局「仕切りがないところに何でも放り込む」生活。もちろん買ったときに思い描いた理想像などどこにもない。
でもまあ、ポケットが空っぽということはそこに何かが入る余地があるということで。
混沌とした一角と空っぽのポケットを併せ持つバックを肩にかけ、理想と現実のギャップを笑いつつ、いつかこの空白地帯にチケットをいれて旅立つぞ、と思いながら、内容物不在のポケットを励みに暮らすのもまた、一興。
余談。
「ほぼ日手帳」「カバーにポケットがたくさんついている」という一言に釣られて予約してしまった。
PR