虫についての不快な描写があります。苦手な方はご注意ください。
落ち葉を集めていると、細く小さな芋虫のようなものがいた。何匹も集まって団子状になっている。あちこちに同じように生息しており、珍しいものではないようだ。少々気持ち悪いがあまり構わず葉と一緒に捨てる。
町生まれ町育ちのわたしが虫に対して大騒ぎしないことは、現在住んでいる田舎においてもう少し褒められてもいい。家の中に虫が入ってきたときなど、他の 家族のほうが騒がしいくらいだ。歓迎されざる訪問者を捨てるのは、大抵わたしの役目である。虫が平気という特性もがさつ・鈍感のうちと認識され、評価の対 象にならないのかもしれない。
それにしても他の家族の虫嫌いはどうだ。ずっとこの自然豊かな村で暮らしてきたのだろうに解せない。実はこの村は、生態系から解放された整備された都会 だったのではないか。しかし十年ほど前の火山の噴火で、超文明をほこった都市は一夜にして焦土となり、なんか色々な陰謀で存在は抹消され農村となった。そ の大都会の生き残りが我が家の家族である。それは虫も苦手だろう。完全に管理された幻の都市に虫などいなかったのだから。
妄想はここまでにして。
馬鹿げた空想でないかつての我が家には鶏小屋があったそうだ。小屋には鶏だけでなく色々な鳥がいた。思い出話になったとき、義妹が他の家族に尋ねた。
「うちにさ、ダチョウいたよね?」
ダ、ダチョウ……!?目を白黒させるわたしをよそに、他の家族は大笑いする。そんなものいるわけねえべ、ないない、七面鳥じゃないのか。
七面鳥はいたというだけですごいな。でも義妹はなおもくいさがる。
「いたよー。乗って遊んだ覚えがあるもん!」
そんなはずないって、馬鹿じゃねえの、いないから。家族はますます大爆笑。
結局、義妹以外からダチョウがいたという話は聞けなかった。
義妹がいたと言うのなら、ダチョウはいたのだろう。小さな兄妹がかわるがわるに乗って遊んだに違いない。いたという証拠もいないという確証もないのなら、信じるほうが面白いではないか。
木の葉が落ちた庭を見渡して、ダチョウに乗って駆ける少女を幻視する。それを笑って追いかける小さな兄もいる。失われた大都市よりはずっと心和む風景だ。
そして最速の鳥が駆け回れるほどの庭はあまりに大きく、落ち葉掃除はまだ終わらない……。
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