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庭木の剪定をする。細かい葉がとびちって体のあちこちにつく。目にも入る。思わず軍手をはめた手でこする。
軍手にもびっしりと小さな葉や実が。
目が!目があああ!というネタを演じる余裕はあったものの、結構痛かった。
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温泉の脱衣場にあったデジタル式体重計に乗ったら、-0.2kgだった。すっかり夏痩せしてしまった。
ちなみに-0.2kgというのは前回量ったときから200グラム減ったという意味ではなくて、体重計の表示が実際に「-0.2kg」だったということである。
毎週草刈をしているとついには重さがなくなってしまうとは知らなかった。もう少し重いほうがいいので少し草刈は休みたいところだ。
一仕事終えて、お茶を淹れて、テーブルにあったお菓子の袋を取って、自室に戻って、さあ一服とお菓子の袋をあけようとしたら、
何故か手に持っていたのは、ビニール袋にいれて台所に置いて解凍していたはずの鶏もも肉(200グラム)。
確かにお菓子の横に肉があったのは覚えているが。……天狗の仕業?
「今日の午前中は何をしてたの」
庭の草取りをしていたよ。
「ごごんちゅうは何をしてたの」
午後んちゅう!?
「何で『ごぜんちゅう』はよくて『ごごんちゅう』は駄目なんだろう」
単に「午前」という言葉はあるけど「ごごん」という言葉はないからだろう。
「あ、そうか!」
本気ボケだった!?
シンプルに。
ゆで卵を剥こうとしたら、生卵だった。
こんなこと、現実にあるのだな……(手を洗いながら)。
午前中にプリンを作ったその日。夕食の支度をしていたとき。
ガスレンジに茶色く透明の液体が丸くこぼれていた。午前のプリンにつかったカラメルソースがこぼれたのだろう。ひょいと指ですくってなめる。
うん。おいしい。
……ごま油だったけど。
よく考えたらカラメルソースはこぼれてしばらくすると飴状に固まるから、簡単にとれるはずがない。
そして何でもかんでも警戒心も品位も無く口に入れるのはそろそろ卒業すべきだ。もう一昔以上前からとっくに大人なのだから。
古い話だが、自分が高校生のころは理科と社会は科目を選択して受講することになっていた。理科は「化学」「生物」「物理」から、社会は「日本史」「世界史」「地理」からそれぞれ選ぶ。
連れあいもまた同じ世代である。社会では地理を選択していた彼は、日本史を選択していたわたしが「とても歴史に詳しい人」だと誤解しており、しばしば答えかねる疑問を投げかけてくる。
「日本で最初に奇兵隊を組織したのは誰?」
知らない。幕末を舞台にしたドラマを観ている君のほうが詳しいだろう。
「ドラマはまだその時代まで進んでないんだ。お前は日本史を選択していたのだから知っているはずだ」
認めたくないことだがそれはもう20年も前の話だ。覚えているはずがない。
「日本史を選択していたのに?」
では物理を選択していた君はわたしに物理学の基礎を教えられるのか。
勢い良く右手の親指を立てる連れあい。威勢がいい。高校卒業後かなりの時間が経っているのにすごい自信だ。
感心しかけたとき、連れあいが左手もつきだしてくる。こちらはサムズアップでもピースサインでもなく小指と薬指以外の三本の指を立てて……
それは
フレミングの左手の法則!?
ということは右手の形はサムズアップではなく
アンペールの右手の法則!
とっさに物理ネタで返してくるとは恐るべし。
……というか君、それしか覚えていないだろう。
「えへへへへへ」
物理的にも歴史的にも20年は結構長い、そんなお話。
定期購読している雑誌を引き取りに本屋へ行こうとしたら、連れあいが「大丈夫?お金足りる?」と心配そうに聞いてきた。
うん。その雑誌、320円だし。
お気遣いはありがたいが、自分はそんなに浪費家の年中素寒貧に思われているのだろうか。実際のところ財布を確かめたら1000円札一枚しかなかったけれども。
脚立にのぼって木の枝の剪定をした。足場もバランス感覚も悪いので心配だったが、無事に終えて脚立から下りる。
落ちた枝を集めたあと、道具も片付けようとまわりを見回すが剪定ばさみがない。足元もポケットも探したがどこにもない。
そう簡単に見つからなくなるような物ではないから、一緒に作業していた義母が気をきかせて道具箱に戻してくれたのだろう。自分も脚立を肩にかついで戻る。
小屋で脚立をおろす。そこへ、ぼたん、と落ちてくる物あり。拾ってみると剪定ばさみ。
脚立の一番上の段に置き忘れていたらしい。
それに気づかずそれを落とさず脚立を運んできたということだろう。
脚立に物をのせてそれを落とさず運べたことなんて今までに一度もないのに。自分のポテンシャルを感じた出来事だった。同時に物忘れアビリティの高さに恐れおののいた。そんな潜在能力はずっと潜っていてほしいのだが。
醤油さしのふたを開けて、醤油を注ぎ足す。この醤油さしは口が広く使いやすい。
使いやすいと言えば、遠い昔は一升瓶だった醤油びんもこのごろではペットボトルだ。環境負荷的にはいい変化ではないのだろうが、軽くて小さく扱いやすくはなった。
便利さを意識する間もなく、醤油さしがいっぱいになる。あとはふたを閉めてこの作業はおしまい、っと。
ぽちゃん。
醤油さしに満たされた黒い液体に落ちるペットボトルキャップ。
醤油さしのふたは変わらずテーブルの上に。
大きさも形も取り違えるはずのないものを、取り違えた。