ラップの芯が、もったいない。
不要なものだが、なかなか丈夫にできている。このまま捨てるには惜しい。
あらこんなことに役立つのね、と手をうつようなカリスマ主婦的使い方はないだろうか。
そういえば昔、これの使用法を思いついたことがある。そのときは人手が足りなくて実現に至らなかったが、今は家族がいる。そう、僕は一人じゃないんだ。今こそあのアイディアを実現するときではなかろうか。
そんなわけで、糸電話を作ることにした。
ラップの芯は硬くて糸電話にむいているのではないかと考えたのは、独り暮らしのときだった。定番の紙コップは頑丈さに欠ける。
工作は容易だが、実際に聞こえるかどうか試すのには、相方が必要である。 糸電話の出来を試したいので協力してください、と頼める人は田舎のアパートにはいない。
だからといって、街で友人と会うときに持って行くのは勇気がいる。
ランチタイムのレストランで鞄から取り出せというのか。糸電話を。
そして、テーブルの向かい側にいる友人に、片方を持ってもらうのか。せいぜい4人がけのテーブルの端と端では糸をぴんと張るのは困難だ。それにあわせて短い糸にしたら、糸電話を使わなくても声が聞こえて興ざめだろう。
当時は携帯電話を所持していなかったから、「わたしも電話持つことにしたよ」と出してみせるのは面白そうだが、次の瞬間に友人達の背中を見送ることになりそうで恐ろしい。わたしは、フォロー上手のしっかり者で通っているのだ。すてきな夢は夢のままにしておきたい。
そもそも、糸電話の糸をからませずに、鞄に入れて持ち歩く技術はわたしにはない。
やはり糸電話は家のなかで使うべきだ。
気の置けない家族がいる今こそ、ラップの芯糸電話化プロジェクト実現の時。
ラップの芯を二つに切り、それぞれの切り口に紙を貼って糸を通して完成。
糸電話は振動で音を伝えるから、紙はよくぶるぶるしそうなトレーシングペーパーを選んだのが、工夫どころだ。
ふと見ると、頭上の小型スピーカーから音楽が鳴っている。
あれ?相手は人でなくてもいいかも。
スピーカーにテープで糸電話の送受話部分を留めて、もう片方を自分で持つ。
スピーカーの音量を下げ、糸をぴんと張って糸電話に耳を当てると。
聞こえる。
はっきりと。先ほどまで部屋に流れていた音楽が、耳元から。
すばらしい。音は筒を抜け糸を伝い紙を震わせてもう一度筒を通って耳に届く。
縫い糸とうつし紙が、音を媒介する。なんと不思議な。
糸電話の機能としては完璧だ。
しかし糸電話はやはり対人。聞いては話すその双方向コミュニケーションが真髄。
糸がからまないように細心の注意をはらいながら、連れあいの部屋へ行き、実験。
当然ながらこれも成功。聞くのも話すのもばっちりだ。
連れあいもすごくよく聞こえると驚いていた。
わたしも連れあいに大きな声を出されて驚いた。
構想から10年を経て、ラップの芯糸電話化プロジェクトは大成功。
満足しつつ、糸電話をごみ箱へ捨てた。
ラップの芯がもったいないと作り出したにも関わらず、最終的に芯、紙、糸、ガムテープとごみが増える結果になったのはご愛嬌。
挿話。
スピーカーの実験のときに、こんなに聞こえるならば、と好きな俳優の朗読CDで実験したのは、内緒。
ヘッドフォンとはまた違う、耳元で聞こえる俳優の声は、なかなかにどきどきしていいものだった。
「どきどき」の中身
・ 糸電話、こんなによく聞こえるよ、という感動のどきどき。
・ 振動とは斯様に伝わるものか、という科学的好奇心のどきどき。
・ なんて素敵な声、という恋情のどきどき。
・ ここで部屋に誰か入って来たらどうしよう、という背徳と羞恥のどきどき。
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