機会をみては「ぶた(連れ→わたし)」「たぬき(わたし→連れ)」とさりげなく罵りあう連れあいとわたし。
『珍婚さんおいでなさい』だか何だかいう番組にでられるくらいの間しか一緒に住んでいないというのに、先が思いやられることだ。
さて。
連れあいがわたしを叩くのだ。叩くといっても、ぺしっと、戯れに叩くだけなので、ご心配には及ばない。
そして、叩くときに必殺技よろしく掛け声をかける。「キック」。
「キック」ではなく「パンチ」ではないかと指摘すると、そうだったとうなずく。
しばらくしてまた、わたしの腕をぱしっと小突く。「キック」。「パンチだから」「ああ、そうか」。
ぱちっ。「キック」。「それはパンチである」「いかにもそのとおり」。
なおらない。いつも何度でも、連れあいの掛け声は「キック」であり、使っているのは手である。
ここまでしつこく「キック」と言い続けるのにはなにか理由があるのではなかろうか。
文章を書く者として、言葉が間違っているのは気になる。気になる。気になり続けたある日、天啓を得た。
本人に話してみる。
あなたがパンチをキックと間違う理由がわかった。
キックは足でするものだ。
動物において、人間の手に相当する部分は、前足である。
つまり一見手で叩いているように見えるあなたの「キック」は、実は前足を使っているので「キック」で正しいのだ。
要するに、あなたはたぬきであることがこのことから証明されました。おめでとう。
説明が終わる前に、はたかれた。
完璧な説明への感動のあまり、手(前足)がでたに違いない。ご賛同感謝する。
それからの我々。
連れあい「キック(手で)」
アマモリ「あ、キックされた。前足で」
連れあい「やりなおしキック(足で)」
アマモリ「あ、キックされた。後ろ足で」
連れあい「どっちにしてもか!」
連れあい「キック(手で)」
アマモリ「あ、キックされた。前足で」
連れあい「パンチ(手で)」
アマモリ「猫パンチならぬ、たぬきパンチか」
連れあい「どうしろと!」
口でやり返せるようになったのだが、キックしなおされる分、以前の2倍叩かれている。勝負に勝ったが試合に負けた。
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