どこのビジネスホテルに泊まっても、部屋の鍵はカードキーが当たり前になってきた。金属の鍵にルームナンバーが刻印された棒のキーホルダーがついている情緒はないが、財布にいれて持ち歩きやすいし、素人には複製が難しそうで安心だ。何より開錠するときスマートで格好いい。鍵の上下の入れ間違いがないし、自分が昔思い描いた未来に生きている実感がある。
カードキーのドアには、もれなくオートロックがセットになっている。外に出てドアを閉めると自動的に鍵がかかる。鍵を持たずに出ても錠が下りてしまうので注意が必要だ。
自分はかなりの粗忽者ではあるが、小心者でもある。部屋を出るときには最低2回は鍵を持っているか確認し、ドアを閉める直前にも手元に鍵があるか見る。万全の態勢でのぞむので、鍵を部屋においたままホテルのドアをロックしてしまったことは一度もない。
さて。先日、旅先でカードキー&オートロックの部屋に泊まったときの話。
チェックイン後だがまだ外に用事がある。注意深く財布の中にカードキーを入れた。コートを着て、念のため再び財布の中を見る。ちゃんとキーは入っている。
財布の中だと不安になるので、ドアを閉じ鍵がかかるまで手に持っていることにした。
そのまま廊下にでてドアを閉める。閉まる直前に指でつまんでいるものを見る。確かに鍵はそこに。
されど、いかなる運命のいたずらか。
つるり、と鍵は指を抜け落ちる。
カードキーは薄い。カードであるから薄くて軽い。それが長所だ。
だが、薄くて軽いものは重力にしたがって真っ直ぐ落ちるということがない。
落下物はひらひらとゆるやかなカーブを描き。
廊下にいるわたしの指から、わずかに開いたドアの隙間を通って。
部屋の内側に着地した。
と同時に、閉じようとしていたドアが、慣性の法則のままに動き。
がちゃん、と。音をたててあるべき場に戻った。
廊下にはわたしを残し。
部屋の中には鍵を落としたまま。
沈黙――――。
一応ドアノブを回そうと試みるが、もちろん動かない。
……。
……。
お嬢さあん!フロントのお嬢さああああん!ごめんなさい、助けてー!
以上が、小心者だがかなり粗忽者の自分が、生まれて初めて部屋の中に鍵を置いたままオートロックのドアを閉めてしまった顛末である。
そういうわけで、「鍵を部屋においたままホテルのドアをロックしてしまったことは一度もない。」は「一度もなかった」に慎んで訂正申し上げる。
PR