「忘れられない人」の話を読んだことがある。
恩人とか印象の強い人といった意味ではなく、起こったこと・見たものを忘れられない人の話。記憶障害の一種だろう。
その人は、記憶力がいいと尊敬されることもなく、むしろ何もわからない奴と馬鹿にされていたらしい。
何故か。
忘れられない、ということは、抽象化ができない、ということだという。
「鳥」という言葉から、普通の人は、漠然とした「鳥」を想起する。それはその人が、今まで見て聞いて体験した「鳥」の細部を切り捨て総合したイメージだ。
しかし、忘れられない人には鳥のイメージがない。今朝庭先で鳴いていた鳥。昨日散歩の途中で見た鳥。子供のころ裏の畑の作物をついばんでいた鳥。どの鳥 も違うもの。「鳥」とはどの鳥か。忘れられない人はイメージとしての「鳥」がわからない。一般名詞として機能しない「鳥」という言葉。
人は忘れ、抽象化して、物事を理解するよすがにする。
ところで。
毎日のことながら、食器を洗う。
いつものことながら、食器を洗うときはビニール手袋をはめる。
本日も同じように、手袋をつけて食器を持ち、水で濡らす。
濡らす。と。
だんだんと、手袋に水が染みて、重くなり、手にまで水が染みて。
ビニール手袋のつもりではめていたのは、ミトン型のなべつかみ。
わたしの中では、ビニール手袋もミトン型なべつかみも、同じ「手袋」カテゴリらしい。
忘れすぎ。抽象化しすぎ。記憶野をあけてくれ。もっと細部を。
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