我が家には洗面所がない。顔を洗うときは風呂場だ。
風呂場には蛇口とシャワーがあり、わたしは立ったまま顔が洗えるシャワーをつかう。
古い家に無理やりつくったバスルームだ。床はコンクリートがむき出しでしんしんと冷える。お湯の温度調整も難しい。蛇口をほんの数度動かしただけで、熱湯にも冷水にもなる。服を着たままだから、頭より上にあるシャワーの角度に気をつけないと、水をかぶってしまう。
とにかく不便だ。これだから昔の家は嫌だ。
心で愚痴を言いつつシャワーをひねる。
さあさあと森のような音をたてて落ちてくる水。
季節がかわって日の長さもかわって、光が入ってくる時間もかわった。
わたしが顔を洗う時間にちょうど、流れる水に窓から陽がさす。
すると、シャワーの水粒子に、ふわりと虹が浮かぶ。
水をすくって顔を洗う。
虹をすくって顔を洗う。
……まあ、洗面所がないような家も悪くはないか、と。
懐柔されて今に至る。
でもコンクリートそのままの床は何とかしてほしい。年齢のせいか下半身が冷えるとつらいのだ。
まったく、老化は情緒を凌駕する。
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