たそがれが美しいなどというのは、目の眩んだ人間のいうこと。
黄昏は逢魔が時。人と魔が出会う時間だ。
見るがいい。
咆哮をあげ走り去る獣の時間、赤黒く染まった得物を片手に、徘徊するあの姿。あれが魔でなくてなんであろう。
慄け。恐怖せよ。日常に耽溺する者。刃物を手にしたそれは、お前の庭を歩いているのだ。
いや、あのね。
食事に使う分のほうれん草をとるのに、我が家では包丁を使うのだ。
それ専用の菜切り包丁が玄関先にある。雨のあたるところに置きっぱなしなので、すっかり錆びて赤茶色。
それを持って庭の畑に行って、どのほうれん草がいいか物色する。あれがいいかこれがいいかと行きつ戻りつ。
この場面を上手く料理すれば、素敵なホラーになるのではなくて?と冒頭の文を書いてみたのだが。あ、「走り去る獣」は通勤の車のこと。
仰々しい言葉を使わなくても、「包丁を持っている人間が夕暮れに庭をうろついている」という事象だけで十分怖いことを自覚した。
たまたま早く帰ってきた家人が、包丁片手に庭にいるわたしを見ておびえていたし。自分でも最初のうちは我ながら怖いと思っていたのに。状況に慣れるのも考えものだ。
これでわたしが細面の美人だったら、もっと凄みが増していただろう。通報も時間の問題だ。丸顔に団子鼻でよかった。
あとは、庭に出るときにイヤホンで落語や漫才を聞かないように気をつけよう。笑いながら紅い包丁を持って庭を横切る人間。隠れ棲むにはあまりに度の過ぎた怪異だ。
黄昏は逢魔が時。魔に出逢うのも恐ろしいが、薄闇に飲まれて自分が魔にならないようにご用心。
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