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あけましておめでとうございます。
いつもいらしてくださる皆様、今年もよろしくお願いします。
まだ当サイトにいらしていない皆様、今年はよろしくお願いします。
何卒。何卒。
スーパーの備品に「No!」とマジックで書かれていた。新年早々否定の言葉とは縁起がよくない。
店内をぐるぐると回っているうちに、別の備品に油性ペンの文字を見つけた。「No.2」。
「No!」ではないのだ。先ほどのは、つまり。
「No.1」。
ナンバーワン。こいつは春から縁起のいいものを見た。
あ、全然関係がない話だが、今年も福袋にはダウンジャケットが入っていた。何着目だ。
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新書のサイズがわからないと言うので、色々具体例を挙げてみる。
岩波新書とか
ブルーバックスとか
カッパ・ノベルスとか。
「ああ、わかった。『
バカの
品格』とかだ」
何その言い訳じみたタイトル。
来年はバカなりに品格をもって綴っていきます。これは努力義務であって必ずしもうまくいくとは限りません。
明日は木曜日なので普通に更新する予定です。
今年もありがとうございました。どうぞよいお年を。
湯船につかりながら歯を磨こうとしたら、チューブから出した歯磨き粉を水に落としてしまった。拡散するでもなく塊のまま湯船に沈んでゆく白。手ですくって外に出そうと試みる。片手ではうまくいかない。両手でやってみようと左手もざぶんと湯にいれ。
湯に入れた左手に、歯磨き粉のチューブを握ったままだったことに気づく。
さらに、チューブのふたが開きっぱなしであることにも気づく。
今、この歯磨き粉を使い続けるかどうかの選択にせまられている。
九州の店から買ったコート「とても温かいので真冬でもOK!」→ちょっと寒い。
旭川の店から買った帽子「とってもあたたか!防寒性は最高」→暑すぎる。
地産地消が何故大事なのか、よくわかった。
有名ボクシング漫画グッズが当たる懸賞のキャッチコピー「当てろ! 当てるんだジョー!!」を見て一言。
「なんで
ハタ坊よ」
そのジョーじゃないと思う。
雪が降り、雪は積もった。視界は白。ひたすら白。
我等の村はスキー場がいくつかあるようなところなので、積雪がある程度まで達したら、当然わたしたちもやらねばならぬ。
スキーウェアを着込んで帽子をかぶり。手袋は滑り止めもついたちょっといいものだ。道具を携えて、いざあの銀のスロープへ上ろう。すべって転んでも楽しまなくては損だ。
そんなこんなで、屋根の雪下ろしをした。
スキー場がある土地柄。つまりはかなり雪深い。住宅はともかく「ほったて」が頭につく我が家の小屋は、雪をそのままにしておいては屋根がつぶれてしまう。
作業着では濡れて寒いので、スキーウェアに滑り止めつき軍手をはめて雪かき用スコップを持って傾いた屋根にのぼる。濡れたトタンは滑るので、転んで胆を冷やすことも珍しくない。
スキー?玄関の扉どころか自室からすら出てこないインドアindoor派のわたしが、そんなアクティブなことができるはずがないではないか。
さて本来ならばここで屋根の雪下ろしについて皆様に細かくレクチャー申し上げるところであるが、現在精神的ショックでそれどころではないので、ここで筆をおくことをお許し願いたい。
また明日、新たな気持ちでお会いできることを祈っている。
小屋の屋根、踏みぬいた……。大穴が開いたよ……違うのわたしが重いのではないの小屋がもろいのだって古いし急ごしらえだしトタンは錆びてるしそうそう 連れあいだって穴あけてたから二人の体重が同じくらいだということはおいておいてやっぱり経年劣化にはかなわないとだからわたしの体重にはそんなに問題が ないはずだ本当そりゃあ健康診断でも(以下延々と独り言)
連れあい寝言メモ。
夜中にお手洗いに行きたくて目が覚める。切羽詰って起き上がろうとすると、がっしりと腕をつかまれた。
「危ないって!立つな!弾がとんでるでしょ!危ない!」
こっちもかなり危ないんだあ!放せえええ!
今日は家族総出で大掃除。でも連れあいがなかなか目を覚ます気配がない。掃除なので起きてと揺さぶる。
「掃除?俺、宇宙人助けないといけないから」
家族も助けてほしい。男手的な意味で。
すさまじい寝相で布団が乱れていたので整えていると。
「眠い……」
あなた、今まさに熟睡中ですよ。
今回の結論。寝ぼけている人は場を読まない。当然ながら。
「コインランドリー」
「持ち込み歓迎」
むしろ持ち込まずに何をすればいいのか問いたい。
と混乱していたら、持ち込み歓迎なのは併設のカラオケボックスだった。まぎらわしい。
何かの夢を見ていた、と思う。
目を覚ます。暗闇に直前の夢が霧散する。もともと夢などみていなかったのかもしれぬ。
目をこらして時計を見る。いつもの起床時間には少し早いが、寝なおしては寝過ごす時間だ。調子がよいようで今なら苦もなく起きられそうだ。なるべく静かに床を出る。
朝といえば明るい景色を想起するが、この時期の朝は暗い。わたしの起きる時間にはまだ日が昇っていないのだ。朝日がさす前の時間を朝と呼ぶのは、確かにすこし違和感がある。
時計を持つ者たちの朝の概念は、それがなかったころとは多分変わっているだろう。雨でも、太陽が昇っていなくても、時計の針が起床時間を指せば、それは朝。
台所の電気をつける。日の出前の明かりは、何かの目印のようだ。これを目指して朝は来ると錯覚しそうになる。
やかんを火にかけて、一度自室にもどって着替える。まだ寝ている家人を起こさないよう、着替えは手探りだ。
台所に戻ると、やかんがしゅんしゅんと音をたてている。
外はまだ暗い。
時間が不規則な仕事の人たちは、その日はじめて会った人には「おはようございます」と挨拶するとか。午前8時でも午後8時でも「おはようございます」。彼らは最初にあったそのときが朝。
午前早くに始めて夕方に終わる仕事の人たちは、たとえ一日中ひとすじの光もささなくても、仕事が始まる時間を朝と呼ぶだろう。
わたしたちの朝は、時計という機械が支配し決定している。
それを不自然だと嘆くこともないだろう。太陽から独立して、自分たちだけの朝を手にいれているのだ。二度と太陽が昇らなくても、わたしたちの朝はちゃんとやってくる。
やかんのお湯をポットに注ぐ。
暗い朝。夜が明けていない朝。それでも毎日同じ時間に起きて同じ仕事をしていると、朝の気配というものがある。空気の静まり方だったり、音の聞こえ方だったり、冷気の留まり方だったり。
しかし今日は、それを感じない。いつもよりもより闇の密度が濃い、音がぽたぽたと下に落ちてしまうような感じ。もうこんな時間なのに。朝なのに。時計を見る。起床後はじめて、明かりの下で時計を見る。
……長針と短針、見間違えてた。
真夜中じゃん。今。
わたしの朝はまだ来ていなかった。明かりを消して寝た。
夢の続きを見たかどうかは、わからない。
電話にでた。義母のお姉さんだった。
義母に間違われた。
わたしの声が老けているのではない。義母の声が若いのだ。そうであるべきだ。