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アマモリ「クリスマスプレゼント、何がいい?」
連れあい「うーん、服……?」
ア「では好きなものが買えるように、あなたの財布にお金いれとくよ」
連れあいの財布に1万円をいれる。
連「アマモリはクリスマスは何がほしいの?」
ア「うーん。web通販でほしいおもちゃがあるので、現金でほしい」
連「オーケー。じゃあ、俺の財布から1万円とっていいよ」
連れあいの財布から1万円をとりだ
いただいた気もさしあげた気もしないので、せめて日を改めてからいただくことにした。
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町を「子ども防犯パトロールカー」が走っている。
子どもが車を運転して防犯パトロールをしていると想像したら、ひどく不安な気持ちになった。たぶん実態は違うけど。
本日は鍋焼きうどん。そのまま火にかけられるアルミの器にはいったあれだ。
その作り方に。
「鍋に水漏れがないか確認する。」
「万一水漏れがあった場合には、作らないでください。」
……。
水漏れに対するフォローとかケアとか鍋焼きうどんにわくわくしている気持ちのやりばとか。
自己責任の時代なのだと、うどんに教えられた。
食パン一斤を使ったデザートを注文した。主食なのにデザートにもなるとは、強力粉&イースト恐るべし。米もおはぎ等になるがそれは置いておいて、今はパンの話だ。
ナイフとフォークを両手に持って切り分ける。食パン丸ごとなので、ナイフもフォークも埋まって見えなくなり、切りづらい。
ナイフで切るのはどうにかなるが、フォークがなんとも使いにくい。刺しても刺しても刺さらない。食パンの中でフォークをがしがしと動かすが、いっこうに口元に来ぬ。いらいらする。
怒りながら食べるのは、おいしくいただけなくて勿体無い。落ち着くために右手のナイフをいったん皿に置き、飲み物に手をのばす。
ナイフを置いたはずの皿に、フォークが。
フォークを持ったままの左手を見直すと、ナイフが。
ナイフとフォークを逆に使っていた。
やけに先端に鋭さのないフォークと長さの足りないナイフだと思ったら。 (頭脳に)鋭さがなくて(注意力が)足りないのは自分のほうだった。
同じテーブルにつきながらも、我々は眼をあわせようともしなかった。無論言葉もかわさない。
無言で相手の腹をさぐるだけの、緊張した空気が満ちている。相手の腹のうちに何があるのか、あるいは何もないのか。我々は微に入り細を穿ち見極めようとする。
口を開く者もいるが、それは言葉にはならない。飲み込まれるばかり。静かである。場つなぎにつけられたテレビの音だけが響く。より際立つ我々の沈黙。
その静寂を、誰かの心からの呟きが破った。
「蟹うめー」
と、いうわけで、夕食は蟹だった。
蟹の足・腹の隅々まで、さぐりほじくり引き出していただいた。食卓を囲んでいるにも関わらず誰も喋らないのは玉にキズだが、全員の心はひとつ。「蟹うめー」。
美味いね。蟹。最高だね。じゃがいもが畑の至宝なら、蟹は海の秘宝だね。
蟹に幸あれ。蟹よ永遠に。
ところで、本日は平日なのだ。それにも関わらずこんなご馳走だった。
義母いわく「大晦日には何が出るのかしら。楽しみね」。
いえ……本日のあおりで、年末年始は、質素に、つつましく、ひっそりと……。
雪が降った。
空は白。視界は真白。何もかもが白。巣ごもりの村。うずもれる世界。
そんな中、あらわにされた真実。
白いと思っていた我が家の犬が、ベージュだった。
雪の中を歩くと、薄汚れているようにやたら目立つ。
そうして人は、春を待つようになるのですね。
おしらせ
最近パソコンの調子があまりよくないです。
更新すべき日であるにも関わらず更新がない時は、「そうか、アマモリ(のパソコン)が逝ったか……」とブラインドを指で押し下げて外を見ながらつぶやいていただけるとよろしいかと存じます。
ハンカチやちょっとした紙片を、両手がふさがっている間、口にくわえることがある。髪を結っている女の人がヘアピンをくわえているところなど、色っぽくて好きだ。
衛生的にはあまりよくないのだろうが、自分しか使用しない物を自己責任でやる分には構わないと思う。
今日、道でメモを取っている人を見かけた。
両手がふさがってもてあましたらしいもう一つの持ち物を、口にくわえている。
携帯電話を。
ストラップ等ではなく、二つ折り式の本体を口にくわえている。
びっくりした。携帯電話は小型化しているとはいえ、口にいれるにはなかなかに大きいのだ。
家に帰ってから、ためしに自分の携帯電話をくわえてみたが、やはり難しい。大きいのみならず重いので、歯をたてずにホールドするのは大変だ。顎が痛くな る。電話を汚さないようにラップで包んでさえ困難なのだから、つるつるのむき出しのまま保持する技術はいかばかりか。お見かけしたあの方は、きっと業界で は有名な電話くわえ職人だったのだろう。
そんなわけで、起業家の皆様、これはビジネスチャンスだと思う。
両手がふさがっていても携帯電話を身につけておける道具を開発すれば、今ままで口にくわえていた層に売れるに違いない。一攫千金の大もうけだ。
あ、このアイディアを使用して利益が出た際には、当方にいくらか還元願います。よろしく。
え?
ネックストラップ?
ポケット?
なにそれ?
昔みたドラマで、印象的だったシーン。
薄暗いバーのカウンター。静かにグラスをかたむける男女ふたり。
男「これくらいの明るさが、一番ほっとする」
女「?」
男「醜いものは全て隠してくれる(女の目を見ながら)」
見たくないものがたくさんあるのね、などと穏やかに言う女。会話はそのまま続いていくのだが。
男、とんでもなく失礼な発言をしていないか。
女、そこは怒るところだろう。
大人の社交術は難しいと、子どもながらに感じた場面だった。
そしてもちろん今もわたしは大人の会話など全くできない。あの台詞を言われたら、それは宣戦布告と解釈する。こうして世の中はぎすぎすしていくのだね。
30分寝坊したのに、弁当ができた時間がいつもと10分しか変わらなかった。調理する上でやりわすれた過程があったのではとどきどきしている。
それはさておき。
とにかく食べ物をよくこぼす。材料に比してできる量が少ない気がするのはロスがおおいからだろうか。
材料を袋から取り出すときにこぼす。
まな板で切るときにこぼす。
まな板からフライパンに移すときにこぼす。
炒めながら混ぜているとこぼす。
調味料を計量スプーンですくうときにこぼす。
さらにスプーンでフライパンに入れるときにもう一度こぼす。
食器に盛る段階でまたこぼす。
食器を食卓に運ぶ過程でこぼす。
食べるときにも当然こぼす。
食べ終わったあとの食器をさげるときに残った汁をこぼす。
ひどいときはわたしが流し台の前に立って5秒で床にものが落ちていた。
これはいくらなんでもおかしいと思う。自分なりに原因を考えてみる。
不器用だから。粗忽だから。それは認めたくない、もとい、そんなはずはない。30歳をとうに過ぎてそこまで何も出来ないということがあろうか。5つ6つの子供でもあるまいし。他に原因があるはずだ。
というわけで協議の結果。わたしが食べ物をこぼす原因は。
わたしの守護霊(声の低いダンディ)がわたしの料理の腕を心配して、調理の過程でいちいち味見をしてくれているから。
と決定しました。
真の原因は反省と努力が足りないからではないかな、と思ったりもする。
音楽は停止しているのに、耳にいれたイヤホンから異音がする。ざさざさという感じの音だ。
携帯プレイヤーを他のヘッドフォンにつないでもおかしな音はしない。やはり原因はイヤホンのほうにありそうだ。よく壊れるものだし、昨日風呂に落としたから、心当たりがないわけでもない。
イヤホンを据え置き型音楽プレイヤーにつないでみる。身動きもせず耳をすますが、鳴るは音楽ばかり。正常だ。
もう一度先ほどの携帯プレイヤーを使う。再生を押すと、雑音もなく音楽が流れる。
どうも釈然としないが、イヤホンを交換しなくてもいいのなら、それに越したことはない。
携帯プレイヤーを持ち、イヤホンを装着する。
ざさささ。と。
再生ボタンを押す前に先ほどの異音が耳元で鳴る。
じっと、耳に神経を集中させた。沈黙。
はて。どういうことか。
首をひねる。ざさざさ。
首をひねる。ざさざささ。
……。
首を振る。ざさざさざざざざざ。
先日短く切ったばかりの髪が、イヤホンにこすれる音だった。