我が村でもやっと桜が咲いた。今年は遅かった。
待ちきれずに南にある町に行く。桜はもう散っていた。
なんとなく北にある町にも行く。もう葉桜。
まったくもって、釈然としない。
それはそれとして。
今日も通常の日記では書けなかった反故ネタを、リユースリデュースリサイクル。
休日更新が始まるよ。
ナンバーがぞろ目の車を見ると、なんとなく嬉しい。
しかし「88-88」だけは落ち着かなくなる。エラーのでた液晶表示のようで嫌なのだ。
停電後のビデオデッキの時刻表示を思い出す。はやく時計をあわせないと、夕方の再放送に間に合わないというあせり。あるいは、ドラマを録画予約して出かけ、わくわくしながら帰宅したときにデッキの時刻表示が88:88だったときの哀しみ。
そんな感情を想起させる「88-88」が苦手だ。
という話を人にしたら、今のデッキは内臓電池で、停電時も時刻がリセットされないのですよ、と教えていただいた。
自分と自分が所有する家電の、時代おくれぶりを実感する。21世紀は遠くありにけり。
没の理由
1 ナンバー「88-88」を所有している人が気を悪くしそう。でもぞろ目で末広がりの八だからおめでたいことは確か。できればお読み流しいただきたく。
2 そのおめでたい数字を敬遠してしまう気持ちが、うまく書けない。
3 うまく書けないので、読んだ人が当惑しそう。
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