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「行儀よく」するのはなかなか難しい。
例えばわたしは体重が非常に重いので、正座したときに足がしびれやすい。これは「行儀」という言葉の精神からはずれた身体的な問題なのだが、正座を長くしていられないことはあまり感心されない。
例えば、わたしは食べ物をよくこぼす。こぼそうと思ってすることではない。箸もフォークも使い方はわかる。ただひたすらに不器用なだけである。これは単に技術的な問題であるにもかかわらず、ぼろぼろとこぼして食べていれば眉をひそめられる。
このように「お行儀よくする」とは精神だけの問題ではなく、身体的、技術的理想像の実現をも求められる高度な美意識だ。日本人として生まれて長いが、なかなか体現するには至らない。
行儀のよい人への道は遠い。いや、なんとも奥深い。(マウスを使っていないほうの手でお菓子をつまみながら)
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ぐら、ぐり、ぐる、ぐれ、ぐろ
ぐりとぐらの他の兄弟は、ちょっと世間様に顔向けができないやつばかり。
オートキャンプ場って、自動でテントがはられるわけではないって知ってた?
メールが受信できない時期を経て、ぽつりぽつりとメールが届くようになった。どこが悪かったのかわからないが、調子のよくないところが直ったということだろう。
とある通販会社に問い合わせした返事が来ない。届いていないのかもと再送信。しばらく待つがやはりなしのつぶて。なんと怠慢な会社。少々の怒りをこめて三度送る問い合わせのメール。
今日、導入してから初めて開いたスパムブロックソフト。
そこには全ての問い合わせの返事が入っていた。
うわああああああああ。なんでなんでこんなところにスパムでもない一般のメールがごろごろと。大体ブロックしたら通知してくれるものでないの普通?同じ 会社から来ているメールマガジンでもブロックしているのと普通に届くものがあるものだからてっきりわたしはメールの調子が悪いのが直ったと思って。直った と思って問い合わせをしつこくしつこくしつこく。
通販会社にはお詫びのメールをいれた。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
そしてスパムブロックソフトはさくっとアンインストール。使いこなせなかった自分が悪いとはいえ腹がたつ。
しばらくは布団の中で思い出してはばたばた暴れてしまいそう。生きるとは恥を重ねることだ……。
「宅急便です」との声にドアを開けたら、ゆうパックの配達だったときの違和感。
とある街の公園の名前は「やすらぎ公園」。
子供を対象にしているにしてはちょっと違和感のある名前だが。隣接している施設を見て納得した。
公園のすぐ隣は墓地。
それは安らいでいただかないと困るというものだ。
北原白秋のあめんぼの歌の歌詞は「あめんぼ甘いなあいうえお」だと思っていた。
あめんぼ食べたらいけないよ。
そして「あめんぼ」を当然のように「あまえんぼ」と打ち間違えるおまけつき。
すごろく形式のゲームをしている。止まったマスの指示に従って持ち金を増やしたり減らしたりしながらゴールを目指す人生ゲーム風のものだ。
これがなかなか難しい。お金を増やすのはこつこつとだが、減るのはあっというまでたちまち破産する。
不満だ。こちらは余暇で楽しんでいるので、お金が貯まりにくくなくなりやすいなんてそんなリアルな表現はいらない。まったりのんびりとゲームがしたいの だ。運動会でみんなで手をつないで走ってみんなが一等賞などというのはどうかと思うが、借金に借金が積み重なっていく友人を見ていては気持ちが盛り下が る。まして自分がその状態だとゲーム盤をひっくり返したくなる。
子供なら借金で首がまわらないのはギャグになろうが、大人としては身につまされてやりきれない。
どこかに大人も気楽に楽しめて、かつゲーム性が高いゲームはないものか。
大人は本来ゲームなどしないのでそんなゲームはない、という理性の言葉は無視。
電気屋などでよくあるデモンストレーションで、ビデオカメラがセットしてあって、通り過ぎる客がディスプレイに映し出されるというものがある。意識して鏡にうつるときとは違って、無防備に自分の姿を見ることになってどきりとしたりする。
で、この今日見たそれは自分の姿がすこし
やせているように見えて。
思わず見返したが、いつもどおりでっぷりと太っていた。
あさましいですとも。ええ。
手紙の封を切り、はさみをペンスタンドへ、切れ端をゴミ箱へ。
の、はずが。
はさみがゴミ箱、切れ端がペンスタンドに入っている。
これも日常茶飯事。驚かなくなった自分が嫌だ。