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土曜日に食べたあげにんにくのせいで体中が臭う。昼間店で食べたのがおいしくて夕食に家で作った。
にんにくはほくほくでぱくぱく食した。
韻を踏んでいる場合ではない。
明日は平日。明日までにこの口臭と体臭をなんとかしなければ。
体を洗って歯を2回磨く。
それでも不安なので、「口とお腹のにおいを消す」というタブレットをかじる。
不味。
なんだこれは。まんま歯みがき粉の味がする。これを飲み込めと?
何故何らかの機能を期待される食品は味がよくないのか。口臭を消したり脂肪の吸収を抑えたりしつつもっと楽しく食べられるものにしてほしい。口に入れる 以上食の楽しみがないなど認めぬ。にんにくなんか、おいしいうえにスタミナまでつくのだ。ちょっと副作用はあるけれど。副作用はともかくとして、口に入れ るものは総じてかくあるべし。口臭消しもダイエット食品もバリウムも、何らかの効果があるからといってまずくていいということはない!
あ、でももっとひどいものがある。
味があれなうえに体に悪そうなもの。
それは。
わたしの料理。
……。
泣きそう。でも涙もきっとにんにくのにおい。
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汗をかくので「汗わきパッド」なるものを使ってみる。衣服の袖の根元部分にはりつけると、汗をすいとってくれるので、汗じみができないらしい。
わきがごわごわするのかと思ったら、そうでもない。つけていることを感じさせないすぐれものだ。
と、思ったら
今日は本当につけてなかった。
服を着たときに袖の中に押し込んでしまったらしい。気づけよ。わきに装着しているのを忘れるものだからといって、ひじのあたりにあるのに気づかないのはどうかと思う。
羽虫がいる。昨日の陽気で一斉に卵から孵ったのか、頭の上のほうで羽虫がたくさん飛んでいる。人間の背丈より上のほうにいるので、特に困ることもない。光を反射して上へ下へと飛び交う様は、むしろきれいなくらいだ。遠くからみれば、羽虫もいいものに見える。
だから、人間だって。
横幅が広くて手足が短く愛想の無い人間も、遠くからみれば「堂々として格好いい」ように見えるかもしれぬ。
いや、そう思っている人がきっといる。いるかもしれない。いるんじゃないかな。いてほしい。いることにしよう。
問題はそう思っている遠くの人をどうやって近くにひきつけ、かつ初めの印象を変えずにいるかということで。
それができればとっくにやっている。
米が無くなった。
この間盛大にぶちまけさえしなければあと一日もったのに。
ぶちまけても動転して科学ぞうきんで集めるなんて馬鹿なことをしなければ、洗って食べられたかも。
日々は後悔の連続だ。
やっぱり忍者はいい!(力説)
昨日の雨でいつも休んでいるベンチが濡れていた。
1 全体的に湿っているが座り慣れているベンチ
2 一部は乾いていて浅くなら腰掛けられるベンチ
3 全体的に乾いているが真正面から日が当たるベンチ
4 湿り気を気にしなければなんとか座れるが、後ろに松の葉があって後頭部がちくちくと痛いベンチ
5 乾いているが既に女の人が座っているベンチ
どのベンチに座るかであなたの全体運やアンテナ感度がわかる・・・ことはないが、服の汚れや日差しや痛みなど、何に耐性があるかはわかりそうだ。
5に座る人はちょっと挙動不審。ある意味天衣無縫。
ちなみにわたしは1~4を5分ごとに移動してるうちに休み時間が終わってしまった。自分が何にも耐性がないことが判明。そしてその落ち着きのなさは、はたから見て挙動不審であったと推測される。
いいところがないではないか。
今日は鳥が多い。カラスはひっきりなしに歩いているし、鳩もうろうろしている。さっきはスズメが足元まで来た。これはよそ見をしていてうっかり人間に近づいてしまった様子で、こちらを視認するや立つ鳥後を濁さずで逃げていった。
スズメといえば業者向けの食料品を扱っている店にスズメの缶詰があった。観光地などでスズメを焼いて食べさせるところがあるが、あのスズメはこうやって調達されているのか。わざわざ捕まえているのかと思っていたが、分業は進んでいるのだ。
缶詰といえばサバ缶ににはサバが入っているのに、猫缶には猫は入っていない。
猫といえば最近近所の猫がえさをねだりに来ない。前はベランダにたつと外でこちらをみてみゃあみゃあ鳴くので、いそいそとソーセージなどを持っていったのに。ちょっとさみしい。
えさといえばわたしの食事は食事というよりむしろえさに近い。お腹がふくれればいいとその場では思ってもやはりたまにはいいものが食べたい。
いいものといえば筆頭は肉か。牛もいいが、豚も美味い。牛より低くみられがちであるが豚しゃぶはおいしい。炒めてもうまい。角煮などおいしいのを食べた ときはそれはそれは幸せ。でも一番すきなのは鶏。焼き鳥は鶏の多彩な風味を楽しめるいい料理だ。そしてどれも美味い。照り焼きも見た目においしそうなだけ でなく食べたらもっとうまい。ハンバーガーにはさむというのもいいアイディアだ。ささみのチーズフライはマイ好きな料理のベスト10に入る。
鳥といえば。
話題をループさせるテストだったのだが、ほとんど食べ物関連の話題なのは何故か。しかも肉の話になると無駄に長くなっている。展開上書かなくてもいい豚料理の話をせずにはいられなかったり。執着しすぎだ。いろいろな意味で修行がたりぬ。
中学国語のテストにありそうな問題。
問題 「いろいろな意味で」の「いろいろ」とは具体的にどんなことか。40字以内で答えなさい。
でも実際に答えられたら落ち込むので答えなくていい。
役所のホームページで庁舎へのアクセスを調べていたら、住所の横に北緯と東経まで書いてあった。
緯度と経度で位置を特定してやってくる人なんて、宇宙からの飛来者くらいだと思うが、ユニバーサルデザインとはこういうことなのか。
ベンチに座ってちょうど見えるところに蟻の巣があった。しばし観察。
敷石の間から覗いた土に穴があり、せわしなく蟻が出入りしている。蟻は実は一日のうちほとんどを無意味に歩き回ることで費やしているらしいが、小さいも のはそれだけでけなげに思える。わたしももうちょっと縦幅とかものすごく横幅とかが小さければ今ほどふてぶてしくは見えないに違いない。
わたしの景色を見るときの遊びに「幽体離脱ごっこ」がある。何のことはない。今見ている景色の何かの視点になって、そのものから今の景色がどのように見えるか想像するというだけのこと。例えば、高い街灯から今の景色はどう見えるか。川面をすべる水鳥からは。
それを蟻の視点でやってみる。
蟻から見れば、この敷石の公園は荒涼として見えるに違いない。固い地面の荒野。何しろ敷石ひとつの直径が30センチ、蟻が3ミリとして敷石は自分の体の 100倍にもなる。人間の大きさに当てはめると、身長を160センチとして160メートル。それが何枚も何枚も連なっているのだから壮大だ。時折敷石の間 に生えている苔や草はオアシスみたいに感じられるかもしれない。
体長3ミリの視点では、人間などは生き物に見えないかもしれない。自分の530倍の生き物。人間サイズで言えば850メートルの生き物が動き回っているわけだ。それは同じ生き物というより、天災の類だろう。それが往来する場所にある巣で暮らすとはどういうものなのか。
と、このように蟻の視点を楽しむ、想像力豊かなわたしであるが。
朝っぱらからベンチに座って蟻をじっと観察している人間が、他人の視点でどう見えるかには思いが及ばなかったのは不覚であるといわざるを得ない。
天気予報は曇り、降水確率午前20%、午後10%。路面はぬれているが雨は降っていない。これは多分これから天気が回復する、とふんで傘を持たずに出る。
が、道も半ばで降り出し、どんどん本格的な雨に。
折りたたみを持つ知恵もない自分に腹が立つ。思えば以前にも同じ事があった。進歩していない。学習能力はないのか。今日日ワープロだって学習する。それをいい年をしてわたしは。
大体昔はもっと用意周到だった。折りたたみ傘は例え晴れていても常に携帯。朝から雨が降っていても、何かの間違いで誰かが傘を忘れたり壊したりしたときに貸せるようにと普通の傘のほかに折りたたみ傘を鞄にしのばせる。そんな子供だったではないか。
・・・・・・。
あ、そうか。
年をとっておおらかになったということ?
うん、きっとそうだ。
多分、次回同じ状況になっても傘をもたずに出て後悔する、と確信。