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夕食から4時間半後に自分の口もとにご飯粒がついているのを発見したのだがどういうことだろう。
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道端に白い猫が座っている。可愛い~と慎重に近寄ったら、小さい雪だるまだった。
誰だこんなまぎらわしいものを作ったのは!まったくもって微笑ましい!!
ちょっとしたはずみで手にできた傷がなかなか治らない。
小さく浅いのに水が染みる。擦れると結構痛い。鬱陶しいので絆創膏を貼ってみた。威力は絶大だったが、数日経ってもふさがる気配がない。観念して面倒で使っていなかった薬を塗ることにした。
水でさえじくじくと染みるのにそこによくわからぬ化学物質をすり込むとは何と野蛮な行為だろうか。さぞかし痛いのだろうとびくびくしながら肌につけるが、これがまったく染みない。痛くない。塗っているかどうかもわからないような感触なのにこれで傷が治るなんて、製薬技術も進歩したものだ。
感心しながら患部をよく観察したら、絆創膏を貼ったままだった。これは染みるはずもない。そして効くはずもない。
←
ショッピングセンター○○臨時駐車場
この先信号右折
……。
……。
今の看板、案内の矢印は左向きではなかったか。
一大事である。
先ほど買い物に出たら、どこからどう見ても立派なモンブランである洋菓子が売られていた。その商品名が。
「栗きんとんケーキ」
年末商戦の激しさを垣間見てしまった。
「皆さんはどのような年末・年始を迎えられるのでしょうか」というメールの「どのような」を読み飛ばしてしまい一瞬戦慄した。
クリスマスにサンタが来ずサンタになることもなかった身の上でも、正月にはお年玉を用意しなくてはならない。甥や姪がいるからである。
わずかな紙幣と厳選したポチ袋。宛名と送り主は連れあいに書いてもらう。最初の一枚を手に取るとこうある。
「○○ちゃんへ
お兄ちゃん
お姉ちゃんより」
この年齢で「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」はあまりに図々しくて気恥ずかしくないだろうか、と意見する。じゃあどう書けばいいのさと不満顔の連れあい。年齢的にも続柄の上でも「おじさん」「おばさん」が適当ではないだろうか。わかった、そうすると頷く連れあい。
そんな会話のあと書かれた二枚目を確認する。
「××ちゃんへ
お兄ちゃん
おばちゃんより」
あくまでも自分が「お兄ちゃん」であることを譲る気はないようだ。
ちなみに何歳まで「お兄ちゃん」でいる気か尋ねたところ「俺は永遠のお兄ちゃんなのさ」と返ってきた。100歳過ぎても古希を迎えた甥姪に「お兄ちゃん」と呼ばれたいのか。ポジティブな人だ。
余談ながら三枚目は自分で書いた。送り主はフルネーム表記にした。
食後のお茶を淹れる。急須に葉を入れ少しのお湯で蒸らしたところに、注いだ。
醤油を。どぼどぼと。
ポットのお湯で普通のお茶が飲みたかっただけなのに、なぜか茶葉が浮いた異様な醤油が急須の中。
脳内の配線はDIYで直せるのだろうか。新年を迎える前にどうにかしたいところだ。
着替えのため用意した靴下が片方見当たらない。
片足だけ素足のまま探し回る。布団に隠れたところにも座布団の下にも服を運ぶときに通った廊下にも棚の上にもタンスの中にもない。間違いなく一そろい持ってきたはずなのだが。
しかたがないので別のものを使うことにし、既に履いていた分を脱ぐ。
片足に二枚履いていた。
お知らせ
明日(21日)と明後日(22日)は日記の更新を休みます。さらに土日祝日をはさみますので、次の更新は12月26日の予定です。
よいクリスマスを、とはあえて言わずに以下日記。
親戚のお見舞いに出かけた義母。箱菓子を用意する仲ではないので、パン屋さんでよさそうな物をいくつか見繕って、ついでに自分の家へのお土産も購入して、病室へ出向いた。
相手のために買った分を取り出そうとレジ袋を置く。そのとき重みで袋が傾き、お見舞い用の分も自分の家族の分も区別無くころころと転がり出てしまった。慌てて片付けようと手をのばしたそのとき
「いや~!そんなに持ってきてもらって悪いわあ!」
ベッドの上の相手が、声をあげた。
「あ、病気なのにこんなにたくさんはいらないわよね」相手の勘違いに慌てる義母。
「いや、一度にたくさん食べなければいいの」見舞いの品を無碍にすまいとする相手。
「……」絶句する義母。
結局全部渡してこざるを得なかったので、今日は我が家にお土産は無いそうだ。