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用意した法螺を収める春の闇 ~アマモリ心の俳句~
解説
こつこつと作りためた四月馬鹿のねたを、誰も見ないうちに削除する春の夜。
トップページ他まる一日エイプリルフール仕様ですよと宣伝しなかった自分が悪い。来年に使いまわしだ。
しかし弱小日記サイトとしてはおいしいネタをいただいてしまった。そして伝説が始まったね。
そんなわけで今日は簡単に。
以前も2回くらい同じことを書いているけど気にしない。
脱走した猫が近所の林にいるのが見えた。
呼べど来ず。呼べど応えず。微動だにせず。
近づいてみたら、肥料袋だった。
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注意
この日記は4月1日に書かれたものです。
以前はパソコンは床に直接座って使っていたが、今はパソコンデスクと椅子がある。
必要な本もソフトも手元におけて便利になった。
椅子は背筋も伸びるし、方向転換も簡単だし、背もたれに寒いときのための上着をかけられるし、快適である。
中古の椅子なので、時々背もたれが外れたり、急に座面が低くなったりするが、まだまだ使える。新しく買うほどの不具合はない。
そう思っていたある日、急に座る部分が回らなくなった。足で勢いをつけて方向を変えようとしても動かない。何かに引っかかっているような抵抗がある。
前の持ち主から数えたら随分長い間働いてきた椅子だ。そろそろ買い替え時だろうか。入学シーズンだから、店には机や椅子がたくさん並んでいるだろう。今度少し見てみなくてはなるまい。
新しいデスクワーク用チェアの値段を想像しつつ、故障箇所を確認すべく椅子からおりる。
背もたれにかけた上着を、椅子のキャスターががっちりと踏んでいた。
注意
この日記は4月1日に書かれたものですが、嘘偽りを含んでおりません。
冒頭に4月1日に書いたとあるだけで、騙されまいと身構えてしまう罪な日付ですね。
連れあいが、近所のスーパーに行くのに、何を着ていくか悩んでいる。
散々迷った末の結論。
「よし。パジャマよりジャージのほうが格好いいから、ジャージにする」
そのファッションヒエラルキーにおける最下層2つの選択肢はあんまりだ。
わたし?わたしはいつも下がスウェット(膝が出ている)と上が適当なカットソー(染みだらけ)だから大丈夫。なにひとつ大丈夫なことはない気がするがきっと大丈夫。
エイズの頂点、という意味にとれる看板を見つけた。
感染を食い止めて、果てしなく広がる「辺」に「頂点(先端)」を打ってとめるということだろうか。
しかしイメージとしては病気の感染は最上部から裾野を広げて広がっていく気がする。頂点だとそこから感染が始まりそうだ。
大体あなたは病気のトップですといわれて嬉しいだろうか。
そんなふうにごちゃごちゃと解釈を話したら、連れが一言。
「『ストップ』だろう」
看板の文字は「TOP THE AIDS」。
頂点にあるべきは「S」だった。
ひと月前に、
作業着や軍手などの専門店の壁に取扱商品にそぐわない言葉を見つけたと書いたが、同じ店を通りかかったら、今度は
「選挙」
と大きく貼られていた。
だからそれは何なのだと。
「遠目で見て動物だと思ったら、ねこだった」
と話したら、おかしな顔をされた。
あ、「ねこ」って
一輪車のほうね。
外で写真を撮る。春である。ためこんでいた光と風を豪勢にばらまいたような季節だ。
肩をとんとんと叩かれて振り返る。
誰もいない。気のせいか。
またカメラをかまえる。被写体である草はゆらゆらゆれてなかなかピントがあわない。
とんとんと二の腕が軽く打たれる。
振り返っても、誰もいない。
日差しが照りつける。リュックを通じて感じる熱。
春である。
春は意味もなく胸が騒ぐ。あらゆるものが孵る可能性のある卵を温めているような胸騒ぎ。朝起きて地球の形が三角錐になっていても納得してしまいそうな予感めいた心の揺れ。
とんとん、と。
背中で音が。
春の卵の中には、何がある?
振り返っても、無人。
春は恐ろしい。いいものも悪いものも一斉に目覚めて、光に眩んだ目の前で、何が起こるかわからない。
光と光と光と風と風と風。
強い風。
背中をたたく、音。
使い慣れないリュックのファスナーに結んであった紐が、風にあおられて背中に当たっていただけだった。
どうしてリュックって、あらゆる穴に紐が結んであるのだろう。
自室にいるところに、居間から何か声をかけられた。
よく聞こえないが、テレビが面白いとか飲み物がほしいとか何かと呼びつけられることは多いので、今回もどのような用事か確かめるべく声の主のところまで行く。
居間まで来て伺った御用は、居間に来るついでがあったら、わたしの自室にある本を持ってきてほしいと。
その依頼の仕方は何か決定的におかしい。
こぼれるものは一通りこぼす自分にとって、新しい服を着たときの緊張感は尋常ではない。いずれはひとつふたつみっつよっつと染みをつくってしまうにせよ、おろした当日に汚してしまうのはあまりに切ないではないか。
ついついラーメンなど頼んでしまい、しまったと頭を抱える場面はあったが、今日は無事に帰ってきた。せっかく見つけたサイズのあう春物。そう簡単に駄目にしてなるものか。
帰宅時の手洗いも細い細い水流で無事にこなす。
うがいもできるかぎり腰をかがめて、水がはねないようにする。
買ってきたものを片付ける。
泥のついたじゃがいもの扱いは慎重に。
洗剤は蓋が開いていないか一応確かめる。
汁がもれていないか十分に確認しつつ肉を冷蔵庫に。
冷蔵庫を開けたら、今までは一度だって自分からは動かなかったマーガリンが、落ちてきて。
本体と蓋とバターナイフが空中でばらばらになるのを、スローモーションで見て。
バターナイフがわたしの胸元に。マーガリンがついたままのナイフが。
そうして、バッドエンドを迎えました。
カップラーメンの具が入った小袋に「蓋の上で温めると」云々と書いてあった。
麺をもどしている間、具を蓋の上であたためるラーメンはよくある。麺にのせたときに具の冷たさでスープがぬるくなることがない。「蓋の上で温めると美味しく召し上がれます」と。よく考えたものだ。思いついた人は「我、発見せり」と叫んだことだろう。
先人の知恵に思いをはせつつ、具の袋を蓋にのせて待った。
待っている間、なんとなく袋の文字を読み返してみる。
「蓋の上で温めると
中身が溶けてしまいますのでご注意ください。」
だから何故そこで改行するのだ。
そして何故改行から先を読まないのだ。