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テレビで見た気になる表現。
「議員宿舎の家賃は月9万円。近隣のホテルは1泊12000円!これでいいのでしょうか!」
家賃に対してホテルの宿泊費×1ヶ月は比較対象になるのか。気になる。
「ゲルマニウムブレスレット!今話題のゲルマニウムが95石も埋め込まれています!」
利用者の声1「ゲルマニウムの多さで、これに決めました」
利用者の声2「おしゃれでどこにでもつけていけるので、気に入っています」
利用者の声3「チタンの輝きがいいですよね」
誰も、商品説明でさえもゲルマニウムの効果について言及しない。気になる。
「強盗はブルドーザーを使用し、現金ごとATMを持ち去りました」
ATMがメイン?現金は副産物なのか。気になる。
「雲ひとつない曇り空です!」
・・・・・・気になる・・・・・・。
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大波篤司 著『図解 ハンドウェポン』
手で扱う銃器の解説本。わたしのような銃の素人でも面白く読めた。
この本の前書きにいわく。
>本書では今日の日本人に必要な知識と思われる「火器(Fire arms)」方面に的を絞って扱っています。
確かに物騒な世の中ではあるが。でも無理に実用書ぶらなくても。
明日の日記は何を書こうかと思いはじめる午後3時。疲れて横になっていた連れあいが言った。
「日記のネタ思いついた」
それは助かる。何かおもしろいことでも思い出したのか。「どんなの?」
「犬を散歩させたことを書くの」
はて。なにか使えそうなエピソードがあったか。「それで?」
「・・・・・・え?何?」
「いや、犬を散歩させたことがどう日記の題材になるのかと」
「え?俺、なんか言った?」
「日記のネタに犬の散歩はどうかとか言ってたよ」
「え?俺、寝てたよ?そんなこと言ってた?」
寝言か!またしても。
寝言ならもっと面白いこと話せ、と理不尽な要求をしてしまった。日記の話題がひとつできたと期待しただけにがっかり。
寝言といえば今朝方、連れあいが寝ていたわたしに声をかける。
連れあい「ねえ、トイレ行ってきて」
アマモリ「なんでさ」
連れあい「行きたいから」
よくわからないがお手洗いに行くわたし。
戻ってきても布団で高いびきの連れあい。
えーと・・・・・・???
何がしたかったのだ連れあいよ。
ちなみに他のエイプリルフールネタ案はこんなの。
・粗忽刑事 旅情編 公式サイト
・「起きて日常、寝て日常。」は短歌・俳句サイトになりました!侘び寂びを受けて花咲く雨の森。
・お知らせ 第6回粗忽選手権本戦に出場します。
・魔法中年アマモリン!粗忽の罠をかいくぐり、今日も悪と対決!なあなあで終わる勝負から目がはなせない!
・当サイトがついにドラマ化。念願の時代劇です。こだわりの殺陣をご覧あれ。
・MP3プレイヤー「okinete」本日発売。ランダムというより機械によるアラカルトともいうべきえこひいき満載の再生機能が売り。
・おきにち記念公園に桜が咲きました。
・我が家に光回線が通りました。地上波デジタルの電波も来て、デジタル化ここに極まれり。
・今日も夕食が美味しくできたよ。
嘘には微妙に願望が見え隠れするから恥ずかしい。
病院の待合室で近所の人に会った。
「あら、こんにちは。今日はどうしたの?血圧?」
高血圧で悩むような年齢ではないです・・・・・・。
確かにわたしは年寄りくさいし田舎くさいし貧乏くさいが、「まだ」30代である。
人生50年の時代ならばもうそろそろ余生の準備にかかるところだが、現代の平均寿命は80歳前後。まだ半分も過ぎていない。そろそろ半分だがそれはおいておいて。
30代はまだ若い。
それに以前に勤めていた会社では、30代のうちに係長になればスピード出世だった。
係長の上には課長がいて部長がいて役職名もよくわからない重役がいてと考えれば、30代は「若手」である。
30代はまだ若い。
大体30代とはいえ、端数を切り捨てすれば30歳である。
30歳も10の位を切り捨てれば0歳ではないか。
まだ若い。
「老いては子に従え」というが、我が両親は少しも子に従う気配がない。彼らもまた若いからである。
両親が若者ならば、その子どもはもっと若いが道理。
わたしはまだ若い。
この間、焼き芋屋が家に来て、わたしを見て言った。「学生さんですか」
わたしはまだ若い。焼き芋は3本買った。
以上の理由により、30代はまだまだ若い。証明終了。
上のような内容の日記を用意していた。エイプリルフール用に。
ところが今年の4月1日は日曜日。普段は更新をしない日だ。そして更新のない日に当サイトを見ているのは自分くらい。4月馬鹿ネタに当日中に気付いてもらえない可能性が高いのだ。
そんな哀しい思いをしたくないので、いつもどおり月曜日に日記をアップ。自分は若いと声高に主張しているが、それは嘘をついてもいい日に更新されたものであるという日記の肝の部分が台無しに。
1日が更新休みだと気付いたのは、日記を書き終わってから。30日だった。自分のうかつさが憎い。
没にできずに今日になって未練がましく解説付きで載せている自分の貧乏性も憎い。
今の家に引っ越してきて1年になるが、いまだに居間の電灯の位置が覚えられない。
古い家ゆえ、壁にスイッチはない。電灯からたれさがる紐を引いて明かりを点けたり消したりする。暗くなると、その紐が見つけられない。
暗闇で手を伸ばす。ふるふると腕を振ってみる。紐は手に触れない。
大体このあたりだろうと見当をつけて、かなり大きく腕を回す。虚空をきるばかり。
このとき紐は、大抵自分の肩の後ろあたりにある。思っていた場所からはかなり遠い。
今は「ここから手をのばせば紐に届きそうだと思った立ち位置の左肩のあたりが紐」と認識中。
電灯の紐ごときに無駄に脳の容量を使っている気がする。ちょっともったいない。
近所を散歩するときは長靴を履いていく。格好は良くないが、ぬかるみ、あぜ道、道路の整備不良による深い水溜りなどのことを考えるとこれが最適なのだ。よそ見していて側溝にはまっても大丈夫だったので心強い。
今日も楽しく長靴ウォーク。
だが、何か違う。いつも履いている長靴なのに、何やら違和感がある。靴が足のおかしなところに当たって、長く歩いたら靴ずれが出来そうだ。
おかしいと思いながらも散歩を終えて玄関へ。
玄関にはサイズの違う長靴が片方ずつ、ぽつり、ぽつりと残されている。
そのときわたしの灰色の脳細胞が真実を告げた。
わたしが出かけるとき、玄関には2足の長靴が並べてあった。サイズは違うがデザインは同じである。
どうやらわたしは、その2足並んだ靴の真ん中の2つを履いたらしい。
つまり靴Aと靴Bが並んでいる。こんな感じ→ A左 A右 B左 B右
わたしが履いたのは真ん中の2つ。 → A右 B左
玄関に残されるサイズ違いの2つの靴。 → A左 B右
さらにこういう履き方をすると、右足がB靴の左側、左足がA靴の右側を履くことになる。それは違和感もあるだろう。サイズの違う靴を左右逆に履いているのだから。
大きさの違いはともかくとして、靴の右と左が逆で気付かないというのは30過ぎの大人としてどうなのか。
物のわからぬ人に対して小学校からやり直せと言われることがあるが、わたしはどのあたりまで遡ればいいのだろう。小学生だって靴の右と左はわかるよなあ。幼稚園かなあ。
昔、生まれたときに年寄りで成長に従ってだんだん若くなっていけばいいのにと思っていたけど、何だかそれがかないそうな予感。
昨日は雨だった。雪以外のものが空から降ってくるのは久しぶりだ。
早速散歩の道々、場所による雨音の違いを楽しんできた。しとしとさくさくぱらぱらさあさあばたばたしゅうしゅう。雪もいいが雨もまたよし。
散歩から戻ると、冬の間は寄り付かなかったカラスが犬の餌を狙っている。
カラスもなかなか愛嬌があると思うが、飼い犬の糧に手を出す気なら容赦はしない。
持っていた傘を振り上げて突進するわたし。気分は戦国武将か関羽か張飛。遠からんものは音にもきけ。
うおおおおおおおおお。
蜘蛛の子を散らすように退却する敵陣(カラス)。
アマモリソコツノスケの武勇、思い知ったか。ぶんぶんと傘をふりまわし見得を切る(つもり)。
近所の人に見られた。
落ち武者のごとく髪を振り乱し傘を振り回す姿を。
「あ、こんにちは・・・・・・」
「こんにちはー」
「えーと、春になったらカラスがくるようになって・・・・・・」←カラスがいなくなってからも傘で遊んでいた。
「あーら、大変ねえ」
ばかばかばかと小屋のトタンを叩く雨の音。
お父さん、お元気ですか。
宅配便の伝票の品名をどう書くか迷った、という話を書いたのです。
それを読んだ方が、友人がわさび漬けなどを「アダルトグッズ」で送ってきたことがある、とコメントをくださったのです。
それを読んでひらめきました。わたしひらめきました。
今度お父さんにお酒をお送りするときは、品名を「アダルト飲料」にします。もちろんカタカナ部分は大書し、後半は小さめに書きます。
大丈夫です。同時にお母さんに「アダルト飲料用容器」を送っておきます。コーヒーカップです。これでおあいこです。
この間お誕生日のプレゼントをお贈りしたばかりですが、次のお祝い事が楽しみです。
不孝な娘ですみません。
取り急ぎお知らせまで。季節の変わり目ですので、おからだにお気をつけて。
県境を越えて秋田県に入る。
自治体の境によくある「ようこそ秋田県へ」という看板が目にはいった。「ようこそ」の文字の下には、秋田は訛る、と書いてある。
確かに東北は方言が豊かなイメージだ。標準語でない言葉はあまり洗練されていないと考える人もいるようだが、訛りはその地方の文化。文化に優劣などない。むしろそれは誇るべきもの。
だからだろう。秋田はあえて、我々は訛っています、と宣言する。潔い。自分たちの言葉に誇りを持っているのだろう。
その日は秋田の宿に一泊した。
地方ニュースを見ていると、秋田県のキャッチフレーズが決まりました、とアナウンサーが言う。画面に現れる今日見たばかりのフレーズ。
「秋田はなまるっ」
キャスターは「秋田花丸」と発音していた。
花まるか!幼稚園のとき、先生がよく描けた絵につけてくれたあれだ。
わたしのような人がたくさんいたらしい。何年か後に同じ看板をみたが、「秋田花まるっ」と直されていた。