自らの影に向かって歩けば背中に日光が注ぐ。じりじりと背がやける焼ける。夏の光には質量がある。
うつむいた視線の先、アスファルトを鳥のかげが横切る。
思わず仰ぎ見る。しかし何もない。そらは空ろ。うつろな空。
時に希望の、時に望郷の、時に決意の象徴として見上げられる青空は、しかし実のところ何もない。天球は反した器でそこに何かを入れておけるはずも無い。飛ぶはずの鳥も地上の影ばかり。
ばりばりばりとヘリコプターが飛んでいる音がする。大きな音なのでかなり低空にいるのだろう。さらに近づいてくる音。ばりばりばりばり。どこにいるのか 窓から顔を出して空を見る。はぐれ雲がのんきに浮かんでいる以外何も見えない。しかし音はどんどん迫ってくる。このまどから窓からは視認できない位置にい るのだろうか。音はますます激しくなる。ばりばりばりばりばり。
首が痛くなるほど見上げても見つけられないので、あきらめて目を地上に戻す。その目の前を、ちょうどとおり過ぎる、耕運機。
ばりばりばりばりばりばり。
ヘリコプターなんて、飛んでいなかった。
そう。空には何もない。そらはからでうつろ。うつろな空が背中をあぶる。
また地面を鳥の影が走った。見上げても何もいない。
しかしふと振り返ると、太陽を横切って鳥が飛んでいた。先ほどまで見ていた地面をかえりみる。あの鳥の影がうつっている。
もちろん空は空っぽだ。だから鳥が飛べるのだ。空ろであるからといってそれを空しさと短絡すべきではないのだろう。
天から地から熱が昇り今日も暑い。空に何もない限り熱はここに届く。空が空ろであることで助かるものがあるのだからこれは仕方がない。今日も夏に耐える。
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