遅刻しそうなときに食パンを口にくわえて走ると、角を曲がったときに運命の人と衝突することができるらしい。非常に低い確率ではあるが、古くからの伝承なので信憑性はないとはいえないといえるんじゃないかな、と推察する。
運命の人との邂逅。ロマンがあるではないか。
ところで、食パンはそのまま食べるべきではない。あれはサンドイッチかトーストにしてこそ真価を発揮するのだ。味覚的に。
しかしサンドイッチを歩きながら、かつハンズフリーで食すのは、非常に困難である。ぼろぼろと具が落ちるのだ。二枚のパンではさむのではなく、一枚のパ ンを折って中身がこぼれない辺をつくっても、少し体を傾けただけで横からこぼれるのである。あ、べ、別に実体験じゃないんだからね!地面に落ちた具は後刻 犬が食べていた。
口にくわえて走行するのならば、トーストにするのが賢明だ。トーストも素のままでは食べづらいので、バターをぬるのがよろしい。バターの有無が運命の人 との遭遇率に影響を及ぼすかは調査結果がないので不明だ。されど、目的が明確でもその手段(食パン)をきちんとおいしくいただくのは趣味人のたしなみであ る。
そんな思考過程を経て、バタートーストを口にくわえてみた。
意外なことにこれが難しい。
落ちないように歯をくいしばることになる。歯がむき出しで形相は必死なので見苦しい。
唇の力だけで支えようとするのもコツがいる。何よりバターが邪魔になる。口のまわりがバターで汚れてしまうのだ。運命の人の発見に成功した際に顔が乳脂肪まみれなのは避けたいではないか。
バターをオミットするのは、トーストがおいしくいただけないので論外だ。
なるほど、これはトーストによる運命の人召還術の成功例が少ないのも頷ける。
一見何の努力もしていないようなこの方法は、実際は高度なハンズフリーイーティング技術に裏打ちされたものだった。手をつかってさえ食べ物をこぼす自分にはとても無理だ。
目的地に走って行こうという気概もないし、5分前どころか15分前行動の小心者なので遅刻はめったにしないし、だいたい我が家のまわりをいくら走ったとて、人に会うことそのものがないではないか。あまりに自分に適しない方法を検証してしまった。
物食えど唇寒しまた食らう。
食欲の、秋ですね。
*実験に使用した食パンは、スタッフがおいしくいただきました。
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