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誰も気にしなかったけど、自分の笑いのツボに入った言葉。
「神棚の下がデッドスペース」
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ここから先、衛生的に汚い話題。注意。
ほこりに弱いので掃除のときはマスクがかかせない。
しかしこれがなかなかに曲者だ。
まず息苦しい。これは何とか慣れる。
くしゃみ。おかしなものがまわりに飛散しないのは、マスクの本領発揮といえる。ただ、くしゃみと同時にいろいろなものが出てきた場合は、顔の下半分が大惨事。第三者には惨状が見えないのが救いだ。
さらにマスク装着後時間が経つと、だんだんと違和感がなくなってくる。ここからが危ない。
掃除休憩。お茶でも。マスクをつけたまま飲もうとする。口のまわりに熱いお茶がじんわりとしみてきて、おそろしい思いをした。犬神佐清という名前が脳裏をよぎる。マスクに吸われなかった分は、ぼたぼたと胸に落ちていく。
またくしゃみが出そう。ここは先手をうつべき。鼻をかむ。マスクをつけたまま。・・・・・・もう身体的にも精神的にも情けなさで泣ける。
そんなわけで、マスクは戦友でありながら敵である。好敵手ここにあり。不織布だけど。
最近、やたらと指に怪我をする。
手の皮膚炎が傷になるのはいつものことだが、それだけにあらず。
みみが硬い食パンをスライスしていて勢い余って指までざっくり。おもちゃに余計な出っ張りがあったので、カッターで削っていたら手が滑って。スライサーで大根を薄切りしていたらいつのまにか指の先まで。再びパンを切るときに治りかけの前回の傷をもう一度。
わたしの指をめぐる陰謀がどこかで持ち上がっていて、誰かがそれを阻止するために戦っていて、それを観て全米が泣いているのではないかと妄想してしまうくらい満指創痍だ。きっと陰謀の主は絆創膏メーカーだと思う。
ところで、この間
ウィキペディアで「本多忠勝」の項を読んでいたところ、このような記述があった。
>あるとき、彼は小刀で持ち物に名前を彫っていた。その時、うっかり手を滑らせ、指に小さな切り傷を負ってしまう。忠勝は「わしの命運もここまでか」と嘆き、実際にその数日後に死去した。これが彼の生涯で唯一の負傷だったと伝わる。
本多忠勝は戦国時代の中でも最強とうたわれる武将の一人である。
その忠勝が、指の切り傷ひとつで命運を悟っている。
かたや五指全てが傷だらけのわたし。
つまり、だ。
生まれる時代を間違えた!もう少しだけ前の時代ならば、わたしは「あの本多忠勝以上の傷を負っても死なぬ」と伝説になっていたはず!
嗚呼、遅すぎた豪傑がここに!
と考えながら今日も絆創膏を買いに行く。
戦国時代?そんな物騒な時代に生まれたら、多分2秒で逝ってしまう。ひ弱で肥満な現代人ですから。
バケツの水を捨てようとしてさ、広いところで、こう、なるべく遠くまでとぶように構えて、そりゃあ、と気合を入れたんだけどね。
思いのほか飛距離がのびなくてさ、ほとんどの水が手前1.5メートルくらいに落ちてさ。
あまつさえ何故かわたしの体の前面がびしょぬれでさ。
妖怪「ぬりかべ」はいるよね。見えなかったけど、わたし、遭遇したよね。
問1
やかんでお湯を沸かして、保温ポットのぬるいお湯を捨てて、新しいお湯をポットに入れる。
という一連の作業が終わった直後。
流し台からはもうもうと蒸気がたっており、ポットのお湯は相変わらずぬるい、という現象が観測されたとき。
いかなる作用が働いたのか簡潔に述べよ。(10点)
(2007年粗忽力テストより引用)
ストレスがたまったとき、
体が疲れたときは、
手抜でリラックス
信号待ち。
電光掲示板に流れる広告。
手抜きでリラックス、か。いいことだ。完璧な人間などいないのだから、その行動も完璧であるはずはない。全てをパーフェクトにこなそうとすれば、どこか に無理が出る。適度に手を抜いて自分を休ませるべきなのだ。機械を組むとき部品同士の結合に少し余裕をもたせることがあるが、あれと同じ。その余裕を「遊 び」と表現するのは面白い。人にも機械にも、手抜きというか遊びというか、そういったものが必要なのだ。
ところでここの信号は長い。まだ青にならぬ。
先ほど見た広告が、再び掲示板にあらわれる。
「ストレスがたまったとき、
体が疲れたときは、
手技でリラックス」
・・・・・・!
「手抜(てぬき)」ではなくて「手技(しゅぎ)」だった!広告の最後に表示される「○○マッサージ院」の文字。
わたしの脳は、手抜きや遊びが多すぎだ。
「
ほっとレモン」というペットボトル飲料がある。その名のとおりホットにして飲むレモン味の飲み物だ。
最初見かけた時は、あたたかい柑橘というものにぴんと来なかった。でも飲んでみると、ほっこりと温まってなかなか美味しい。そういえば、紅茶にマーマレードを入れることもあるし、柚子茶も存在するのだから、柑橘系のホット飲料もありなのだろう。
さて、風薫る5月。日によってはスプリングコートも重い初夏。
コンビニエンスストアで「ほっとレモン」を見つけた。この季節、お茶とコーヒー以外の温かい飲み物が並んでいるのは珍しい。ドリンクは温かいほうが好きなので、今日はお茶ではなくほっとレモンを飲もうと手にとった。
・・・・・・ひんやり、と。
「ほっとレモン」は冷えていた。
おいおい。冷えた「ほっとレモン」って。それはなかろう。大体商品名からして
「
冷やしておいしいほっとレモン」。
ええええええ。公式で冷蔵推奨?「ほっと」の立場は?
多分「hot」と「ほっとする」をかけたネーミングだったと推測するが、そんな簡単にかけことばを覆していいのか。いや、あえて上に「冷やしておいし い」をつけているのだから、「ほっと」=「hot」はまだ有効。だが上に「冷やして」とつけられ、実際に冷蔵されては「hot」の肩身がせまかろう。突然 態度の大きい嫁が押しかけてきて、息子も嫁の味方で、家の中に居場所のない母親のようだ。なんて気の毒な。おのれ嫁!働け嫁!転ぶな嫁!こぼすな嫁!ちゃ んと起きろ嫁!あああああすみませんすみません・・・・・・。
と「hot」に同情しつつ、ほどよくぬるいお茶を買って店を出た。
没日記供養祭最終日。
通販サイト
Amazonの商品紹介には、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というデータが表示される。買おうとしている商品と似たような傾向の製品が紹介されていることが多いので、買う側はついついそちらもチェックしてしまうという仕組み。よくできている。
少し前、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」が何も表示されていない人気のなさそうな品を買った。いまどきあまり需要のないものだったので、購入者が少ないのは仕方がない。
しばらくして、そのとき買った物を壊してしまったので、買いなおそうと当該商品のページを開く。
なんと、わたしの買い物履歴が「こんな商品も買っています」に反映されている。個々の商品の関連はまったくなく、わたしの購入履歴そのまま。しかもあまり人に見られたくない商品名がずらずらと。
推理小説とかあたりさわりのないものも買っているのになんで恥ずかしいものばかり・・・・・・。
一人の人間の買い物履歴だけで、データを確定するのはやめてほしい。購入者の名前が出ないとはいえ、ちょっとした羞恥プレイだ。
没の理由
1 Amazonを知らないとわかりづらい。
2 恥ずかしくて商品名が公開できない。それでは読んでいる側は面白くない。ディープなマニア系書籍と食器と大人むけおもちゃと子どもむけおもちゃが並んでいると思っていただければ。
我が村でもやっと桜が咲いた。今年は遅かった。
待ちきれずに南にある町に行く。桜はもう散っていた。
なんとなく北にある町にも行く。もう葉桜。
まったくもって、釈然としない。
それはそれとして。
今日も通常の日記では書けなかった反故ネタを、リユースリデュースリサイクル。
休日更新が始まるよ。
ナンバーがぞろ目の車を見ると、なんとなく嬉しい。
しかし「88-88」だけは落ち着かなくなる。エラーのでた液晶表示のようで嫌なのだ。
停電後のビデオデッキの時刻表示を思い出す。はやく時計をあわせないと、夕方の再放送に間に合わないというあせり。あるいは、ドラマを録画予約して出かけ、わくわくしながら帰宅したときにデッキの時刻表示が88:88だったときの哀しみ。
そんな感情を想起させる「88-88」が苦手だ。
という話を人にしたら、今のデッキは内臓電池で、停電時も時刻がリセットされないのですよ、と教えていただいた。
自分と自分が所有する家電の、時代おくれぶりを実感する。21世紀は遠くありにけり。
没の理由
1 ナンバー「88-88」を所有している人が気を悪くしそう。でもぞろ目で末広がりの八だからおめでたいことは確か。できればお読み流しいただきたく。
2 そのおめでたい数字を敬遠してしまう気持ちが、うまく書けない。
3 うまく書けないので、読んだ人が当惑しそう。
窓には花を。人には愛を。休日の日記には没ネタをどうぞ。
再び連れあいの話。
アメリカの国務長官が他国の要人と会談したというニュース。テロップは「米 国務長官 ○○と会談」。
それを読んだ連れあいが声をあげた。
「『米 国務長官』って書き方でも、『ライス国務長官』って読める!!」
わたしの連れあいへの尊敬ポイントが22UP!
没の理由:
1 米国の国務長官の名前を知らないと面白くない。
2 怖くて検索していないが、複数のサイトとネタがかぶっていそう。