森でぼんやりとしていたら、いつのまにか腕に蚊がとまっていた。わたしの皮膚に針をさし、ランチタイムとしゃれこんでいる。
蚊に刺されたときは、蚊が満足するまで吸わせてやると、最初に注入されたかゆくなる成分も一緒に吸ってくれると聞いたことを思い出す。つまり、おとなしく吸わせておいたほうが、後からかゆくならないらしいのだ。
こちらの気分が悪くなるほど血をとられるわけではない。動かないように気をつけて、蚊の食事が終わるのを待つ。
血を吸うといえば、思い浮かぶのは吸血鬼。
蚊という生物は、相当身近な吸血生物なのに、吸血鬼の眷属で有名なのはこうもりだ。
ヨーロッパには蚊が少ないのだろうか。蚊ではあまり迫力がないと吸血鬼に嫌われたのだろうか。
蚊柱など、自転車でつっこんだ時かなりの恐怖だが、そんな種類の怖さは吸血鬼のお気に召さなかったのかもしれぬ。不憫である。
蚊は、地域密着型の吸血鬼です。蚊を吸血鬼の眷属に加えるキャンペーンのキャッチフレーズを考えてみる。どうも、うけそうにない。
蚊が吸血鬼の眷属として認められていれば、ゴシックでロリータなお姫様たちは、こぞって蚊のモチーフを身につけるのだろうか。モスキートモチーフのアシンメトリースカートのようなアイテムがもてはやされるのか。地域密着型吸血鬼のくせに生意気だ。
腕の蚊は、まだ血を吸っていた。羽虫の一生は短いだろうに、随分と丁寧に食事をするものだ。
ふと腕を持ち上げて蚊の腹を見てみる。赤い色。わたしの血の色だ。
まさに「腹いっぱい」に蚊はわたしの血を吸う。
蚊よ。お前はわたしの血を継ぐものだ。
いつものヒロイックな妄想が始まりそうになった瞬間、蚊はわたしの腕から飛び立った。
食ったか。吸ったか。腹いっぱいになったか。
蚊を見送り、わたしはまた森で一人になった。
その日の夜、刺されたところはいつもどおりかゆくなった。
さすがわたしの血を継ぐもの。早速粗忽力を発揮して、かゆみの素を吸っていくのを忘れた模様。
もう二度と吸わせない。
さて、現在わたしの体には、蚊に刺された痕がざっと十数か所。
・・・・・・近所の蚊が、粗忽の血により全滅する日がきっと来る。
それまでは、蚊取り線香を焚いておこう。
ぽつりと蚊遣りの火が灯る。
夏の夜に、もう秋の虫が鳴きはじめた。
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