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シャンプーのつもりがリンスを手に出してしまって
勿体無いのでそのあたりの床にこすりつけて
改めてシャンプーを終わらせて
先ほどのリンスを使おうと思ったら
洗髪している間に全部流れていた
そんないつもどおりの日
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下ネタ注意。
「頭が痛いです」
「そうですか。たいへんですね。病院にいくことをおすすめします」
「ただの頭痛ではありません」
「ほう。それはどんな頭痛ですか」
「『ち』に点々と書く頭痛です」
「『ちつう』ですか。斬新ですね」
「間違えました。『つ』に点々です」
「恥ずかしからずに専門医にかかることをおすすめします」
「違います。頭痛です。『づつう』です」
一日一善。本日の善行。
「マヨネーズですか!?」
イチゴにマヨネーズをかけそうになっていた義母をすんでのところで止めた。練乳と間違えたそうだ。よかった。
しかしイチゴとマヨネーズの出会いを喜ぶ人もいるのだろうか。イチゴだけにイチゴ一会。あ、たった今、善行の功徳がゼロになった気配を感じた。
かにかまをのせたトーストを食べながら考えた。
トーストは美味い。マーガリンをぬればさらに美味い。好きなものをのせて食べれば天上の美味。無論米も負けてはいない。起こってもいないことをあれこれ 予想して悩むのは好きではないが、唯一ふと想像して悩む問題が「一生パンか米かどちらかしか食べられないとしたらどちらを選ぶか」ということだ。食パンは 大好きだ。しかし米。あのつやつやもちもち。のり佃煮ふりかけ鱈子たまごなどとのコンビネーション。おかずを引き立てつつ自らも主張しされど邪魔になら ず。丼ものを考えた人は神託を受けたとしか思えない。捨てがたい。米の飯も捨てがたい。
主食に限らず美味しいものはたくさんある。限りなくある。それがすべて自分の口に入るわけではないにせよ。
すばらしいことだ。美味しいということは。うれしくて楽しくて、その先に満腹という満足が用意されている。
嬉しいこと楽しいことがあるのなら、もう少し生きてみようという気になる。つまり美味しいということは希望になりうる。パンを米を肉を野菜を魚を果物をお菓子を食べながら、こんなに美味しいのなら生きていることも悪くないと思う。
トーストを食べながら外を見る。さあ、今日も生きねばならない。生きるというのはときどきしんどい。でも今日のトーストはこんなにもおいしいから、生きてみるのも悪くないだろう。
そんなことを考えながら朝食を食べていたら、トーストが本格的に喉につまって命を落としそうになったという、お粗末なお話。
皆様におかれましては美味しく食べつつお元気であられますよう。
ざあざあ風。きりきり日差し。気流めぐり地球めぐりてまた夏である。
今日は風が強いので、日陰で静かに夜をまつ分には過ごしやすい。日光がさんさんと注ぐこんな日に外に出るなどとんでもないことだ。しかしながらとんでもないことは世の中には珍しくなく、自分も犬の散歩に出ねばならぬ。汗だくになりながら行ってきた。
額の汗を風が乾かす爽やかさ。こんな日に外に出ないなどとんでもないことだ。
気分がいいので、犬の餌にペット用のかつおぶしをいれてやる。暑さで少々食欲が落ちている犬に対し、目新しい味で元気を回復してもらおうというわけだ。ドライフードにウェットフードを少し、上にかつおぶしを多めにかける。これなら喜んで食べるだろう。
いそいそと犬のもとへ持っていくそのとき、先ほどまでよりも一層強い突風が吹いた。
風を追った眼にうつる、ひらひらと飛んでいく「おがくずのようなもの」。
手の中に視線を落とすと、餌の皿に入っていたはずのかつおぶしが、すっかりなくなっていた。
さりさり風。からから日差し。気流めぐり地球めぐりてまた夏。消えたかつおぶしがまた風にのって戻ってくるのはいつの日か。犬が待っているので早く帰ってきてほしいものだ。
九捨十入すれば余裕で30歳の自分であるが、30年の人生のうち三分の一は寝ているわけだから、実際に生きてきたのは20年。20歳!若い若い!
そんな理屈をひねりだした頃プレイしたゲームで、登場人物が「若さに言及しだしたらおしまい」と言っていて心にざくざくと短剣を刺された気分。
そろそろ「いかにして若くあるか」より「よりよき年齢の重ね方」に重きを置くべきなのだが、まだ覚悟が決まらない。老醜ってこういうことかなあ。
静かな湖畔の森のかげから♪
静かな湖畔の森のかげから♪
静かな湖畔の森のかげから♪
静かな湖畔の
輪唱のつもりで四小節ずらして歌おうとするが、一人で歌っているので一向に先に進まない。
汚い話なので苦手な方はご注意ください。
我が家には洗面所がないので、歯磨きは台所か風呂場ですることになる。義母は風呂場派で連れあいとわたしは台所派だ。ただし磨いている間は自室にいて、最後のうがいだけ流し台を使う。
今日も歯磨きの仕上げにうがいをしようといつものコップを取って口に含んで
勢いよく吹き出した。
コップには、水ではなくお茶が。
よくよく見たらいつもの歯磨き用コップではなくて、愛用の湯飲みだった。似ても似つかぬデザインながら、どちらもお気に入りだったのでつい混同したようだ。
カテキンはそれなりに体にいいとの話を聞くが、歯磨き後のうがいに使うのは不味いのであまりお勧めしない。それにお茶のせいで口の中をやけどしたことから鑑みるに、あまり体にもよくないと思う。
不定期連載。連れあい寝言メモ。
その一
「(優しく諭すように)駄目でしょ」
何がさ。
「みんな殺しちゃったら、晩御飯の準備できないでしょ」
怖いよ。わたしにどんな料理を作らせる気だ。
その二
「俺、スイカの先生になるよ」
西瓜に何を教えるつもりだ。
「違う違う。上手にスイカが割れるようになるの」
それが「スイカの先生」……?
「これでいつでもスイカが割れるよ。よかったね」
西瓜が割れなくて困った経験は今のところないぞ。
他のところを拭くついでに、まだそんなに汚れていない食器棚のガラス扉も掃除することにした。
スプレー式の洗剤を吹きかける。
ぷしゅー。
食器、泡だらけ。
扉、閉めてなかった。