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「とっておき!和スイーツ」という宣伝リンクがあったのでクリック。出てきたのはまんじゅう、くずもち、どらやき、だんご、せんべい・・・・・・。
今は「和菓子」という言葉は使わない時代なのか?日本語のほうが趣があっておいしそうだと思うのだが。
「和スイーツ」という言葉を使うからには、和洋折衷のお菓子でないと納得行かない。抹茶白玉パフェとかあんこクリームパイとか。和と洋のハーモニー。うまくすれば美味い。カロリーも二部合唱になるのは痛いが。
でも「洋菓子」は「スイーツ」でもいいと思う。
菓子でもつまみながら、今日も日記をご賞味あれ。
ホールのケーキを大皿に盛りたかったのだが、いい皿が台所にない。
そういえば自室に一人暮らしをしていた頃に買った皿がある。大きすぎて普段の食事では使いそうにないので、台所には置かなかったのだ。あれなら大きさがちょうどいい。
鍋から目が離せなかったので、連れあいに皿を部屋から持ってきてくれるよう頼んだ。
連れあい「皿って、どの皿?どこにあるの?」
アマモリ「部屋を入って正面に・・・・・・」
連れあい「ああ、わかった。あれに盛るの?ムーミンの柄のやつ?」
ちょっと待て。
確かにわたしの部屋にはムーミンを描いた皿状の陶器があるが、あれは
壁掛け時計だ。
アマモリ「誰が壁掛け時計を皿代わりに使うかあ!大体時計は針が邪魔でケーキをのせられないだろうが!」
連れあい「だからおかしいと思ったんだよ!でもお前ならやりかねないと!」
アマモリ「異議あり!君のわたしに対する認識に断固として抗議する!」
ホールケーキを用意するような席の前に、ちょっとした喧嘩になった。
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友人の手帳には取っ手がついているらしい。取っ手のある手帳?ポーチ風に持って歩けるようにか。しかしそれは書き込むときに取っ手が邪魔になりそうである。ここは本人に説明を求めよう。
「取っ手がついているって、どんな手帳?」
話は少しさかのぼる。友人たちと話しているときに、手帳の話になった。
友人A「もう今年の手帳は買った?」
アマモリ「買ったよ。お気に入りの通販で」
友人B「予定とかは全部携帯にいれちゃうから、手帳は持たなくなったなあ」
A「わたしもー。でも仕事のとき携帯を取り出して見てるのってカッコ悪いから、仕事専用に買ったよ」
B「どんな感じの手帳にしたの?」
A「オレンジの。元気でそうな色でいいかなと思って」
アマモリ「オレンジか。ビタミンカラーっていうやつ?」
A「そう、真オレンジ。とってもオレンジ」
そこで、わたしは聞いたのだ。
「取っ手がついているって、どんな手帳?」
よくわからずきょとんとするA。少し笑いながらBがフォローする。Aに、ではなくわたしに。
「『very』じゃないの」
とっても= very ≠取っ手も
友人の手帳は、veryオレンジ。多分取っ手はついていない。
お母さん。国語(だけ)が得意だった、あの頃のわたしはどこに行ってしまったのでしょうね。
ガスコンロに鉄瓶と片手鍋がのっている。この二つの位置を入れ替えたい。鉄瓶は持ち手が熱いので、片手だけに鍋つかみをはめる。右手に鉄瓶、左手に鍋を掴んで、いざチェンジ。
鍋つかみをはめてないほうの手で、鉄瓶を持ってしまった。
・・・・・・いいのだ。ここでボケなければわたしのアイデンティティが揺らぐというものだ。それでこそわたし。よくやったと褒めてあげたい。
それにしても熱かった。
おろし金で大根をする。
どれくらいすれたかおろし金をずらして確認。あれ?結構すったのにあまりできていない?と、そのとき。
ぼたっと。
おろし金の裏にはりついていた大根おろしのかたまりがぼたっと。
床に。
・・・・・・。
誰か、雑巾と新しい大根を持てい!出陣じゃあ!
かなしみのあまり戦国武将になってしまった。
意味もなくテンションの高い日が続いたあとのメールボックスには、「注文受付メール」がひい、ふう、みい、よ・・・・・・。
青ざめつつも今日の日記は以下のとおり。
普段は大判焼きの中身は粒あん派のわたしが、珍しくクリームを選んだときに限って、食べかけを床に落としてしまう不思議。
じゅうたんが、じゅうたんが(掃除した)。
大判焼きの切り口が、埃が(でも食べた)。
しいたけの肉詰めをつくろうと思い立って台所へ。しかしこの間いただいた大量のしいたけは、義母が小さく切って干ししいたけに加工してしまっていた。
許せない。
自分が許せない。
義母がしいたけを切っているのを目の前で見ていたのに。
しかも切ったしいたけは茶の間のストーブの前でずっと乾かしていたのに。
あまつさえ乾かしているしいたけを踏んで滑って転んだわたしなのに。
それを忘れていた自分が、許せない。
働け、記憶野。さぼるな。
干ししいたけは味噌汁にしたら美味かった。義母グッドジョブ。
日記のネタになったので、自分も許してあげることにする。でも記憶野は働け。
本日は露骨な下ネタです。それも2本立て。苦手な方は読み飛ばしてください。
エピソード1
薬屋の店先に
秘結の薬が並んでいる。よく効くよ、という文意の大きなPOPも並んでいる。
さらにその横に、細長く薄茶色い袋に綿をつめたものが長々と置いてあった。
い、イメージ映像?!いや、これはきっと腸の模型だ。色はちょっとあれだけどきっとそうだ。
腸にしろ、そうでないにしろ、ここまでしなくてもいいのではないかと思う。
エピソード2
子供向けの小物を売っている自動販売機がある。ガシャとかガチャガチャとかガシャポンと呼ぶ。最後の呼び方は多分商品名だと思うが、一般名詞として使われることもあるようだ。コインをいれて、ハンドルを回すと、カプセルに入ったおもちゃが出てくる。
先日見かけたのは、排泄物をかたどったおもちゃを売っているガチャガチャだった。形は記号的に「それ」を模しているが、色は金だったりピンクだったりして、いかにも子供のおもちゃという感じだ。
見本写真には「ウンがつく?!」などそれらしい煽り文句も書いてある。隅のほうには「この商品は食べられません」と注意書きがあった。あまり食べたくもない形だし食べられそうにない色だが、念のためということなのだろう。
しかし、見本写真からガチャガチャの機械そのものに目を移すと、よく目立つロゴでこう書いてあった。
OYATSU KING
オヤツキング。
商品そのものはとても食べられそうにないが、機械本体には間食王と書いてあり、でもやっぱりそれは食べられないという。
世の中って、複雑だ。
負けるな、コドモたち。オトナも、どうにか健やかであれ。
空前の鉄骨ブーム。インmyマインド。複雑に組み合わさったり、錆びて朽ちたり、植物とコラボレーションしたり、電波を受け止めたり、田んぼの中に整列したりする鉄骨の写真が無性に撮りたい。鉄塔でも廃墟でも建築途中の建物でも工事現場でも何でも可。
何故今鉄骨なのか。大体普段写真なんか撮らないではないか。脳の気持ちがわからない。
解けない謎を追うのは止めて、以下今日の日記。
食パンを口にくわえて歩いていたら、曲がり角で誰かとはちあわせた。
恋の予感・・・・・・?
義母だった。
現実はそんなものだ。
それにここで声の低い紳士とぶつかっても困る。紳士が「大丈夫ですか、お嬢さん」と助けおこしてくれるにはわたしは重すぎるし、普段着だから恥ずかしいし、髪だってぼさぼさだから絵にならないし、恋に落ちる心の準備は出来ていないし、食パンは6枚88円の安物だし。
なにより、ここは自宅の中だから。見知らぬ紳士がいては困るのだ。
部屋に買った覚えのないバームクーヘンが置いてあった。
手にとって見たら、クラフトテープだった。
大根を煮る。
箸立てから竹串を取り出し刺してみる。串が抵抗なく通ったら煮えている。途中で止まったらまだ火が通っていない。
大根の表面で止まる串。はて。まだ全然やわらかくなっていない。結構な時間煮たのだが。おかしいな。
もう一度別の大根で試してみる。
こつん、と刺さることなく止まる串
という認識はいかなる作用かその瞬間に覆りわたしの眼は真実をとらえ神経を通して緩慢に脳に伝達される映像と感触そしてスパーク。
色々と認めたくないので精一杯難しく表現しているが、つまり簡単に言うと、わたしは気付いた、ということだ。
何に。自分の持っているものが、竹串ではなく、先のつぶれた菜箸だということに。
これは刺さらない。改めて先ほどの箸立てから串を取り出し大根に刺してみる。よく煮えていた。
毎日がアハ体験。
きっと脳にいいはずだ。