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| ■2007/02/28 (水) 続きはWebで! |
最近テレビのCMで「続きはWebで!」とか「○○で検索!」という広告を見かける。こういうのもメディアミックスというのだろうか。
よくわからないが面白そうだ。やってみたい。
日帰り出張から帰ってきた連れあいと雑談。
「昼食は何を食べたの?街中だからお店いっぱいあったよね」
「定食屋に入ったよ。おかずが7品もついてた」
「それはすごい。どんなおかず?」
「ええとね・・・・・・」
連れあいはどんなおかずを食べたのかな?!続きはWebで!
(つづき)
「ええとね、から揚げとほうれんそうと、あとムリネと」
「・・・・・・『マリネ』・・・・・・?」
「そうそう!そうとも言う!」
あなたにマリネなんて洒落た名詞を覚えさせるのはムリねー。
・・・・・・。いつもの日記と変わらない。むしろ「続きはWebで!」などと余計な言葉をいれたせいでテンポが悪くなった。
しかも最後の1行のせいで連れあいよりわたしの方が寒い人に。これはよくない。「続きはWebで」とは何の関係もないがとにかくよくない。
Web日記で「続きはWebで!」は難しいようだ。続きの前もオンラインなのだから当たり前かもしれない。
ではこういうのはどうか。内容は再び連れあいとの会話より。
「お前、何?その豚」
「豚?」
「目の上の」
何のことかな?続きはreal(オフライン)で!
・・・・・・。連れあい以外にオチが伝わらない。これでは読んだ人はおろか、書いた本人までもやもやする。
大体こんな文章を書いたら、全世界のわたしのファンが自宅に押し寄せてしまうではないか。過疎の村に突然押し寄せる観光客!嬉しい悲鳴の地元商店街!観光客に取り囲まれる何の変哲もない民家!村の発展に貢献したと表彰されるわたし!
・・・・・・またしてもわたしが寒い人になってしまった。よくない。それによく考えたら地元に商店街なんかなかった。何だか色々と寒々しい。
なかなか難しい「続きはWebで!」。しばらくは使いこなせそうもない。
結論。当サイトは閲覧者の皆様に少ない手間で閲覧していただける良心的サイトです。無駄なトップページとかあるけど。
あと「○○で検索!」は、弱小サイト過ぎて検索結果に載らないのでパス。
何か忘れている? ↓
| ■2007/02/28 (水) わすれもの |
「豚」って何のことかな?続きはこのあとすぐ!
「お前、何?その豚」
「豚?」
「目の上の」
「・・・・・・まぶたのことか」
「そうそう、それ!」
「君、わたしにむかって『豚』って言いたいだけだろう」
「うん」
明日、連れあいのためにつくるおにぎりは、塩をふり忘れてしまう予感がする。何やらそんな気がする。「予告」ではないよ。「予感」だよ。
| ■2007/02/27 (火) 目よりも先に治療すべきは |
起きる。眠い。
目をこする。目頭がぷっくりと腫れている!何事か。ものもらいか。痛くはないが、こんなところが腫れるなんてまずいのではないか。眼科まではバスで1時 間以上。診察券はまだ持っていただろうか。入院になったらどうしよう。眼の切開は眼を開けたままするらしい。こわい。どうしよう。保険はきくだろうか。
慌てて鏡をのぞく。
腫れていると思ったその場所には
がっつりと目やにが固まっていた。
顔、洗ってこよう・・・・・・。
| ■2007/02/26 (月) おかしさに包まれたなら |
しばしのまどろみから目覚めたわたしを、男が見下ろしていた。
男は、笑いの形に唇をゆがめると、持っていた棍棒のようなものを高く掲げ、そのままわたしの頭に振りおろす・・・・・・!
男=連れあい。笑いの形の唇=ふざけて笑いながら。棍棒のようなもの=コーラのペットボトル。
連れあいは面白半分だったので、ドメスティックバイオレンス?!と驚くには及ばない。いつもの悪ふざけだ。頭にあたる直前でスピードを落としていたし。
とは言うものの、1.5リットルのペットボトルは結構痛かった。
1.5リットルといえば、水ならば1.5キロである。コーラの比重が水より重いか軽いか知らぬが、頭にごつんと当てられればそれなりにダメージがある。
その旨抗議するが、連れあいはにやにや笑うばかり。
なおも文句をいうわたしに適当に返事をしながら、連れあいは先ほどのコーラを飲もうと、ボトルの蓋をあける。
ぷしゅー とペットボトルの口から音がして
こぽこぽ と中身がふきだした。
高いところから低いところへの高速の位置移動。それはすなわち「振る」ということ。
そしてコーラは炭酸水。炭酸水を振ればどうなるかは自明の理。
慌てる連れあい。笑顔のわたし。
その日わたしは生まれてはじめて、天罰がくだるところを目撃したのだ。
神様はいるのかもしれぬ。
コーラがこぼれた先が、わたしの布団であったことが気にはなるが。
| ■2007/02/23 (金) いつも心に甘物を |
自転車置き場に停まっている自転車は、自転車操業していない。
冒頭とはまったく関係のない日記は以下。
全国チェーンの店からドーナッツを買ってきた。
箱には「笑顔になりたいときに」など、推奨環境というか、キャッチコピーが書いてある。
広い草原を行く二つの影。添えられた言葉は「仲直りしたいときに」。(言葉は違うが上のリンクのダウンロードコーナーから見られる)
確かにこんな何もないところで仲直りを希望する状況になるのはかなり気まずい。ここがどこなのかわかりかねるが、協力しないと命に関わる状況ということ も考えられる。二人とも軽装なので、緊急事態に対処できる装備をしているとは思えない。ここは速やかに関係を改善しておくべきであろう。
そんなときに、ドーナッツを。そっと差し出し、並んで食べればきっと笑顔が見えてくる。
問題はどう見てもドーナッツ屋があるとは思えない風景であることだが。
どちらか片方が「ふふふ、こんなこともあろうかと」と懐から取り出すのだろうか。喧嘩することを想定してドーナッツを持ち歩くよりは、相手を怒らせないようにするべきではないか。そういうふうに気のつかいどころがおかしいから、険悪な雰囲気になるのだ。
実は二人ともドーナッツを隠し持っていて、ここぞというときに同時に取り出す。お互いの手を見て目を丸くする二人。相手も自分と同じことを考えていたとわかり、やがて吹き出してしまう二人。
これならば、お似合いである。お幸せに。
と考えながらドーナッツを食べていたら、量がすごいことに。カロリーが恐ろしいことに。
つまり今日の日記のテーマは、食べるときは余計なことを考えず、味わい、感謝しながらいただきましょうということ。「起きて日常、寝て日常」は、お子様・大人様の健全な育成・成長を応援します。管理人本人はあまり健全ではないけれども。
| ■2007/02/22 (木) おにぎりが頭に効く! はじまり |
弁当づくりは難しい。彩りよくボリュームもあり箱に収まるように。
しかしある日、おにぎりが食べたいと連れあいが言った。リクエストに応えたら、気に入ったのでしばらくおにぎりがいいという。
そのようなわけで、毎日連れあいの昼食用におにぎりをつくっている。中身は鮭と筋子だ。
はじめておにぎりにしたとき、中身を書いたシールを貼ったら好評だったのでその後も続けている。ただ中身を書くだけではおもしろくないと表現を毎回変えてみた。
1日目 しゃけ / すじこ
2日目 (魚の絵) / (赤い丸をたくさん)
3日目 SAKE / SUZIKO ・・・・・・これは「ヘボン式は読めないからやめて」と抗議あり
4日目に面倒くさくて1日目と同じ普通の表現にしたら、「今日のは面白くなかった」と帰ってくるなりダメ出しされた。
ならば自分で考えろ、と思わないでもないが、世をおもしろくすみなすものは心である。これは続けるべきだろう。
(つづく)
| ■2007/02/22 (木) おにぎりが頭に効く! つづき |
(つづき)
その後もバリエーションは増えていく。
salmon / salted salmon roe
魚 / 卵
「さ」と「け」を別々のシールに書いてランダム配置 / 「す」「じ」「こ」で同様に配置
(魚と土二つを絵で表現) / (くさかんむりと月と力と子どもを絵で表現)
・・・・・・「筋」はたけかんむりだと指摘あり
焼 / 漬
表に「S」裏に「ake」 / 表に「S」裏に「uziko」
・・・・・・表だけ見て「あれ、どっちも同じ?」と戸惑わせる作戦が、先に裏を見られて台無し
「魚」「土」「土」を適当に配置 / 「竹」「月」「力」「子」を同様に配置
(鮭の切り身の絵) / (膜につつまれた筋子の絵)
・・・・・・鮭の切り身が内臓のようだと酷評。
サケ目サケ科の海水魚。北太平洋を広く回遊し、河川に上って産卵する。 / サケ・マスなどの卵を、卵巣膜に包まれた状態のまま塩漬けにした食品。
・・・・・・Yahoo!辞書より引用
アルコールドリンク / ビネガーアクシデント
さゆうかくにん けがないように / すぴーどは じこのもと
・・・・・・自分としては傑作だと思ったが、相手からはコメントなし
最近は握っている時間よりラベルを考えている時間のほうが長い。
アイデアも尽きてきたのでパソコンで凝ったのをつくろうかとも考えたが、そこまでしてやることはない気がする。
弁当づくりは難しい。わかりやすく面白くおにぎりの幅に収まるように。
かくも料理は頭を使うもの。
| ■2007/02/21 (水) 遙かなる旅路 |
「はれにわ文庫」の管理人さんの日記より
>カップを左手に。右手にドーナツ持ちながら、電源を押すんだ。
電源とはパソコンの電源。
カップを左手に、ドーナッツを右手に、パソコンの電源をいれる。これは格好いい。正にニューヨーカー。
しかしわたしがやっては、どちらかが床へダイビングしそうだ。あるいは両方が。両手がふさがっている状態で何かしようとするのは、粗忽フラグである。やめておくのが賢明だろう。
だが、ともうひとつ逆説の接続詞を使ってみる。なさぬは人のなさぬなりけり。失敗を恐れて何もしないのは主人公のすべきことではない。
左手にコーヒー、右手にドーナッツでパソコンの電源ON。やってやろうではないか。
早速準備。コーヒーはあまり飲まないのでいつものお茶を淹れる。ドーナッツはお茶請けにしようと買ったものがあった。
機は熟した。左手に湯のみ、右手に近所のスーパーで買ったドーナッツ、ちなみに服装はジャージに半纏。あれ?ニューヨーカーがどこにもいない。
この状態でパソコンの電源をいれる。
・・・・・・。結論からいうと非常に簡単だった。パソコンの電源はむかって右にあり、右手の人差し指をたてて押せば何の支障もない。
もう少し難易度をあげようと、右手の各指の間に板チョコレートをはさんでみる。指では押せないが、手の甲、突き出た骨の部分で押せばいいので大して難しくもない。
どうしても押せないようだったら、頭を物理的につかって電源をいれることも想定していたが、試してみたらそちらのほうが難しかった。
つまり、両手がふさがっているわたしにもできることはあると。希望にあふれた結論になった。
というよりも、わたしの粗忽も治癒しつつあるのではないか。自分の失敗をネット上に公開することで、おかしうる失敗のデータが蓄積され、良くない行動を避けられるようになったと考えられる。アマモリ式粗忽治療法。すばらしい。
日記を書き終えて足元を見たら、実験後の湯飲みが倒れてお茶がこぼれていた。夕食をつくろうと台所へ行ったら、今日使うつもりで冷凍庫から出していた食材が、いつのまにかまた冷凍庫にしまってあった。当然解凍されていない。
粗忽治療法の学会発表は、まだ遠い。