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裏づけのないまったくの個人的なイメージだが、「room」「部屋」といった店名は雑貨屋さんぽい。インテリア小物や家具などを扱っていそうだ。
しかしその店は、酒屋だった。ワインセラーの似合いそうな酒屋ではなく、たばこやお菓子もおいてありそうな地域密着型の店。酒屋さんと近所ではよばれていることだろう。
そんな店構えで屋号に「部屋」がつくのは珍しい。
読み方もわからない。これは店の方角にひっかけたのか、オーナーの苗字なのか。
「かどべや」という言葉はあるが「みなみべや」というだろうか。「南向きの部屋」ならばしっくりくるが。少しひねって「みなみの部屋」と読ませるのかもしれぬ。「みなみのべや」と濁らせると相撲部屋のようで違う気がする。
いろいろと推測しているうちに、その酒屋は視界の外に消えた。
東北地方の印象そのままの、緑の水田が広がる風景。風をおこしてゆれる稲。
そこで、唐突に気づくのだ。
ここはかつて南部藩と呼ばれた場所。
つまり先ほどの酒屋は「南部屋(なんぶや)」だ、と。
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昨日のわたくし。
食器を割る。でもいつもなら同時に2個割るのに1個だけだったのでラッキー。
安心していたら、数時間後にもう1個割る。
中性洗剤と間違えてスポンジに料理酒を注ぐ。
ここまで報告済み。
以下は新規の報告。
生ごみを捨てたあとのバケツを洗う。バケツにたまった水を庭に弧を描くようにまこうとしたら、弧を通り越して円を描いてしまい、結果自分の顔に生ごみをすすいだ水をぶっかける。
トイレットペーパーを交換する際、ペーパーホルダーの芯部分を落とす。汲み取り式で非水洗の我が家のトイレに。便器の奥の闇に音も立てずにすいこまれるペーパーホルダーの芯。
以上。実に不調な一日だった。
関係ないのだが、田舎の母と電話で話した折、風邪をひいたと言ったら、「夏風邪って馬鹿がひくんだっけか」と返された。
子供のころは馬鹿なんてあまり言われたことなかったのに……!このごろの夏風邪は馬鹿でなくてもひくのだ。
それともあれかな。最近巷で流行っている「3の倍数と3がつく年齢のときだけアホになる」症状かな。ちょっと違う気もするけどきっとそうだ。今は30代だから仕方ない。40歳になったらきっとエレガントでクレバーな人間になるはずだ。
この間まで冬だと思っていたら、夏だった。
かわいらしい猫だと思っていたら、結構なハンターだった。
食器を落としたけどひとつしか割らなかったぜと思っていたら、別口でもう一つ割った。
ごみだと思ったら、割と大事なものだった(そして今はもう収集車の中)。
食器用洗剤だと思ってスポンジにつけたら、料理酒だった。
「○○だと思ったら、□□だった」ネタなんてたくさんあると思っていたら、意外と思いつかなかった。
つまりアマモリは粗忽者だと思っていたけど、そうでもなかった。
家人が出先で、ご当地ヒーローのお披露目に出くわした。
興奮気味で語る。「登場の仕方がすげえんだよ!」。
確かに第一印象は大事だ。初陣ということで工夫をこらしたのだろうか。ヒーローのすごい登場というと、爆煙とともにあらわれたり、空からおりてきたり、色々なジャンプを連続で決めたり。そんな絵が浮かぶ。
「いやいや、違うんだ」そんなものではない、と家人は否定する。「変身スーツの構造に欠陥があるらしくてさ」。
はい?
「前が見えないみたいで、付き添いの人に手をひかれて出てきた」
それは思ってもみない新機軸だ。
昔の時代劇に車椅子に乗った主人公がいたとふと思い出す。マックス・カラドスなる探偵もいるし。歩行介助が必要なご当地ヒーローもありかもしれない。
本人もヒーローとして生まれたからにはヒーローとして生きたかろう。
多少前が見えなくても、町のために頑張ってほしい。
わたしも多少前を見てなくても、自分のために頑張る。
ヒーローよ、勇気をありがとう。
家の中はそうでもないが、外は少々暑いようだ。
散歩のときはTシャツの上に着ているカーディガンはないほうがよさそうである。
ボタンもはずさず頭から脱ぐ。やはり半袖は涼しい。これなら今日の気温でも快適だ。さて、でかけるとしよう。
部屋を出ようとして気付いたが。
カーディガンだけではなくて、Tシャツも一緒に脱げてしまっている。
すなわち、今、ほとんど下着姿。
……危うくご近所様にお見苦しいものをお見せするところだった。
連れあいの寝言は、返答や相槌を要求することがしばしばある。こちらが寝ていて返事をしないと起こされることさえ珍しくない。ここまでいくと寝言ではなく「寝ぼけ」だ。
起こされたほうは腹立たしく、さらに寝不足の気分になるのに、起こしたほうは朝にはけろりと忘れている。何とも不公平だ。
ある日。午前2時半。寝言で起こされる。
「地震、すごかったね。震度7以上だったみたいよ」
連れあいの出身県で地震があった矢先のこと。やはり気にしているのだと可哀想になる。
同じ日。午前4時。揺さぶられて起こされる。
「大変だ!起きて!山火事だ!燃えてる!」
山間で育った連れあいには山火事は恐怖であろう。それは夢だからとなだめる。
別の日。午前2時。大声で起こされる。
「ちょっと!そこに置いてあったお菓子、どうして取った!?俺のなのに!ひどいよ!」
車ででかけなければ菓子など売っていない村なれば、菓子を盗まれるのはつらかろう。不憫だ
と考えようとしたが、起こされたうえに盗人呼ばわり、しかも盗ったのが菓子ときてはどうにも我慢がならない。狭量と自覚しているが、睡眠は大事なのだ。その大切な時間を。菓子で。存在もしない菓子で。大体現実で相手の菓子を勝手に食べるのは連れあいのほうではないか。
少し声を荒げてそんなものは始めからないと答える。「そんなはずはない」「それは夢だ」「いや確かにそこに置いた」「寝ぼけて人を菓子泥棒とは何事か」と5分以上言い争った。
寝ぼけている人間に真剣に反論して、睡眠時間を無駄にしているのは誰か。
相手は朝には何一つおぼえていないというのに。
寝言との喧嘩は、いつだって負け戦。
あぶらあげをまな板に置く。油ぬきをしようと、ざるを流し台に用意する。湯を沸かしはじめる。
あぶらあげに「油ぬき」という作業が必要だと知ったのは、20代も半ばを過ぎてからだった。
あの頃は何も知らなかった。今よりもさらに何も知らず、かつておぼえていた大事なことはことごとく忘れていた。
昔のことを思い出すのは、具合が悪くなる前触れ。
数日のうちに風邪でもひくのかもしれない。
油ぬきに使うお湯が沸いた。
やかんから直接、ざるに水を注ぐ。
注ぐ。
……ざるにあぶらあげが、入っていなかった。
こういった失敗はいつものことで、何の前触れでもない。強いて言うなら、この日記更新の予兆。
お湯は沸かしなおした。
流氷から落ちて海岸に打ち上げられてしまうアザラシについてテレビで紹介していた。
次々と画面に映されるアザラシたち。中には怪我をしているものもいる。やせ細っているものもいる。そして皆、ぴくりとも動かない。
「全然うごかないね」「もう力尽きているのかな」「かわいそうね」と茶の間で我々は会話をかわす。
そのとき、家人が気付いた。
「あ、これ写真だ」
……そりゃあ動かないはずだ。
和み系の風貌のくせに人間を悲しい気持ちにさせるなど不届きなアザラシたちだ。保護された施設でぶくぶくに太らされて冷たい海に放されて必死で泳いで故郷に帰っちまえ。そしてもう打ち上げられた海岸には来るな。畜生め。
誕生月限定のサービス券をいろいろなお店からもらったのに、使おうとしたら期限が切れていた。
そんな話をしようと思ったら、既に6月も下旬。サービス券は5月末日まで。いい年をしていつまで誕生日気分だ。
いやいや。2週間くらいタイムスリップしてしまったのだ。だってついこないだまで5月だったもの。むしろ10日くらい前は正月だったよね。
0℃は水が凍り始める温度。
-3℃ともなればさらに冷たい。真夏の昼でもその温度に触れ続けるのは快感よりも苦痛を伴うだろう。
ましてその上に仰臥するのはあまりにつらい。うつぶせになっても内蔵が冷えるばかりに違いない。
それは役にたつものなのか。
夏に寝るときに布団に敷いてつかう使う敷きパッドのうたい文句が「体感温度-3度!」。
零下3度では寒くて寝られまいと驚いたが、説明をきいたら、体感温度が3度下がるとのこと。
寝場所が零下3度とは何の修行かとひやひやした。